えむと、メモランダム

読んだ本と出来事あれこれ

『平成の通信簿 106のデータでみる30年』を読みました

平成の通信簿 106のデータでみる30年 (文春新書)

2019年19冊目の読書レポートは、『平成の通信簿 106のデータでみる30年』(著 吉野 太喜/文春新書 初版2019年3月20日)。書店で目にして、手に取りました。

新しい元号が「令和」に決まり、平成の時代もあとわずかとなりました。今、書店には平成を振り返る本がたくさん並んでいますが、本書はデータを使って、平成の30年間に起きた変化を様々な角度から振り返るもの。

取り上げているテーマは、GDP、人口、国の借金、産業(家電・農業・漁業)、雇用、消費、教育、貧困、高齢化、医療費など幅広く、変化を見るためのグラフ・図表が多数(106点)掲載されています。

その中で、まず目につくのは日本経済の厳しさを示す経済指標。1989年(平成元年)、世界の上場企業の時価総額ランキング上位30社のうち21社が日本企業でしたが、2018年はトヨタ自動車の32位が日本企業の最上位。一人あたりのGDPは世界4位(2000年は2位)から25位(2017年)に。貿易黒字は640億ドル(1989年)から260億ドル(2017年)に。かつて誇らしく思った日本の姿は、どこにもないことに改めて気づかされます。

「日本は経済大国だが、かつての“ものづくり大国”(国内で製造して世界に輸出)から“投資大国”(国外で投資して工場を作り、世界に輸出)になった」という著者の指摘は、強く心に残りました。

また今更ながら驚いたのは、国の借金の膨張。1989年、190兆円ほどだった国債残高は2017年には900兆円を超え、財政規律などどこ吹く風のようになってしまいました。このままで、いいのか本当に心配です。

一方、私たちの暮らしも決して良くなったとはいえません。2017年の消費支出は、1989年に比べると5%ダウン。光熱・水道費、保険医療費、交通・通信費が上昇した反面、生活に直結する食料費、被服費、さらに教育費などは減少。「こづかい」に至っては何と68%も減っていて、家計の厳しさが浮き彫りになっています。

かといって、労働時間が大きく減ってゆとりが生まれたわけでもなく、貧困率も悪化。30年で貧しい国になったわけではありませんが、どんどん豊かになったともいえないでしょう。

シビアなデータが多いなか、数少ない明るいデータのひとつが、平均寿命がこの30年間で約5歳伸びたこと。ただし、少子高齢化が社会問題を引き起こしているのも事実で、果たして手放しで喜んでいいものかわかりません。これを解決しないとこれから何も進まない気がします。

今回の改元は、昭和から平成の代替わりに比べると明るいムードに包まれ、国民は新しい時代を心待ちしているようです。その期待は、平成の30年がどういう時代であったかを物語っているのかもしれません。

令和の時代が、国民の期待どおり、平和で、明るく、希望に満ちたものであってほしいと思います。

神田松之丞 独演会

f:id:emuto:20190403214703j:plain

f:id:emuto:20190403214724j:plain

昨夜、神田松之丞さんの講談独演会があり、会場の新宿・紀伊國屋ホールへ足を運びました。

松之丞さんはまだ二つ目ですが(来年2月に真打ち昇進するそうです)、新進気鋭の講談師として注目を集め、「今最もチケットが取れない講談師」と言われるほどの人気です。

私自身、講談に関心を持ったことはなく、じっくり聞いたことも、もちろん生で聞いたこともありませんでした。

ところが、しばらく前に「笑点」に出演されていた松之丞さんを見てからというもの、松之丞さんの講談を一度生で聞いてみたいと思いが募るばかり。今回ようやく願いが叶いました。

それにしても、松之丞さんの人気には驚きます。先月この独演会のことを知り、何とかチケットを入手しようと思い、前売り券の発売日に紀伊國屋書店本店のキノチケットカウンターに開店早々出向いたのですが、残っていたのは一番後ろの2席だけでした。

もちろん昨日の客席も満席。さすがに中高年の観客が多いものの、若い方もあちこちで目にして、講談ブームの到来を思わせるようです。

昨日は昼夜公演。夜の部の演目は「天保水滸伝ダイジェスト」ということで、前半は『相撲の啖呵』と『鹿島の棒祭り』、そして予定にはなかった『笹川の花会』の3席。中入り後は『平手の最期』と『三浦屋孫次郎の義侠』の2席が読まれました。

「天保水滸伝」は笹川繁蔵と飯岡助五郎という江戸時代に実在した侠客をモデルにした話ですが、そのストーリーを知っているのは、熱心な講談ファンくらいかもしれません。

しかし、松之丞さんにそんなことは無関係。迫力と情感にあふれ、歯切れのいい読み聞かせに、すぐに物語の世界に引き込まれ、登場人物の姿と印象的な情景が目に浮かんできました。

会場も、前半こそ松之丞さんの“くすぐり”に、笑いが起きることもあったのですが、中入り後、物語が佳境に進むにつれ、松之丞さんの読み聞かせをじっと聞き入り、最後はまさに「寂として声なし」といった感じ。これが松之丞さんの力ということなのでしょう。

講談など縁のないものだと思っていましたが、この独演会でその面白さに気づかされました。またぜひ聞きたいものです。

『東海道ふたり旅 道の文化史』を読みました

東海道ふたり旅: 道の文化史

2019年18冊目の読書レポートは、『東海道ふたり旅 道の文化史』(著 池内 紀/春秋社 初版2019年1月7日)。書評サイト『HONZ』に掲載された成毛眞さんの書評を読んで手に取りました。

著者はドイツ文学者ですが、エッセイや評論などの著者も多数あり、成毛さんの言葉によると、「エッセイの名手」だそうです。

本書は、著者が歌川広重の浮世絵『東海道五十三次』を読み解き、東海道を江戸・日本橋に始まり京・三条大橋までたどりながら、浮世絵の見どころ、宿場それぞれの来歴やエピソードを紹介し、さらに江戸時代の様々な制度・文化・風俗などについて紐解いたエッセイ。

単なる浮世絵の解説や紀行ではなく、一枚の浮世絵から、社会、経済、歴史、技術へと話は広がっています。

本書を読んでまず感心したのは浮世絵の解説です。海外でも有名な作品とはいえ、これまでじっくり見たことはありませんでした。

しかし、著者の深い“観察”をもとにした話によって、街道の風景がありありと目の前に現れ、旅人や庶民たちの話声、旅籠のざわめき、馬のいななき、川を流れる水の音、降りしきる雨の音が聞こえてくるよう。広重の世界に、いっぺんに引き込まれてしまいました。

そして宿場ごとに繰り広げられる話の数々は、面白いものばかり。
平塚では「飛脚制度」、箱根では「関所」の話(関所破りの話もあります)、原では民間の植物園「帯笑園」のこと、藤枝では「問屋場・助郷制度」、島田では「川渡し」について、袋井では「タバコ」の話、浜松では「高札」について、藤川では「お寺の役割」、岡崎では「橋」について、池鯉鮒では「馬」について、庄野では「ふんどし文化」(著者が冷え症を心配しているのには笑ってしまいました)、土山では「大名行列」のこと、大津では「牛車」について・・・。とにかく多彩で、興味は尽きません。

また、各地の名産・名物の話や著者が宿場を実際に訪ねたときの話も楽しく、街道を通して、江戸時代を深く知ることができました。

ところで本書を読み始め、すぐに必要になったのは『東海道五十三次』の作品そのもの。本書でも図版は多数掲載されていますが全部カラーではありません。また『東海道五十三次』には「保永堂版」、「行書版」、「隷書版」の3種類があって(今回初めて知りました)、著者の話には本書で掲載されていない版が登場することもあり、そこで本書を読むときは、3種類すべてを見ることができるウィキペディアを開くことから始めていました。

著者にとってふたり旅の相手は広重かもしれませんが、私の相手はウィキペディアだったかもしれません。

五十三次を自分で歩くことに挑戦する人や、五十三次をめぐるツアーもあるようです。私も本書を読んで、歩くことはともかく、55カ所(53の宿場プラス日本橋と三条大橋)を訪ねてみたいという気持ちが大きく膨らんでしまいました。