えむと、メモランダム

読んだ本と出来事あれこれ

『性格とは何か より良く生きるための心理学』を読みました

性格とは何か-より良く生きるための心理学 (中公新書)

2020年32冊目の読書レポートは『性格とは何か より良く生きるための心理学』(著 小塩真司/中公新書/初版2020年8月25日)。書店で目にして、手に取りました。

「性格」という言葉は、普段何気なく使っていますが、専門的な意味を考えたことはありません。

本書は、早稲田大学文学学術院教授で、心理学者の著者が、性格に関する研究結果などをもとに、性格の「見方・考え方」を示すもの。

まず性格とは何か、またどのように測定され把握されるのかポイントを解説。

そのうえで、「年齢」、「地域性」、「時代の移り変わり」、「性差」、「生活」といったことをテーマに掲げて性格との関係性を明らかにし、人生において性格をどのように捉えればいいのか考えていきます。

本書では、性格にまつわる様々な調査データが次々に登場しますが、どれも興味深いものばかり。

成人期を通じて性格は変わっていき、よりやさしく、よりまじめで、情緒的に安定する方向に進む。

100歳以上の高齢者は、外向性と勤勉性、開放性が高い。(開放性は知的好奇心、興味の広さ、知的活動への動機づけなどに関連)

日本人は、自分たちが思い込んでいるほどやさしくなく、日本も含め東洋諸国は、高齢者への態度がネガティブで冷たい。

内向的な人は山を好み、外向的な人は海を好み、ダークな性格は都市を好み、開放的な人は引っ越しが多い。

平成の30年間に、日本人全体がネガティブな方向に変化した。

GDPが高く、平等主義的で、個人主義的な国ほど、男女の自尊感情の差が大きい。

勤勉性の低さが、離婚や浮気と関係している。

学業成績や職業上の成功(パフォーマンス)に安定的に関連するのは勤勉性で、勤勉性が高い人のほうが低い人よりも、少しだけ長生きする…。

もちろん、すべて人にあてはまるわけではないでしょうが、どれもデータに基づくものであり、驚きや不思議なものを感じます。

もっとも著者によれば、ある性格は、他の性格特性や心理状態との組み合わせにより、まったく違う結果を生み出す可能性を秘めているとのこと。

好ましい性格特性ともいえる勤勉性も、その高さが神経症傾向の高さと共存すると完全主義につながり、好ましくない結果をもたらしかねないそうです。

性格は多面的であり、社会のあり方や身の回りの環境、年齢でも変化するもの。「自分はこうだ」「あの人はこうだ」と短絡的に決めつけるのは禁物ということでしょう。

著者は、自分の性格について知るメリットは、「自分にとって居心地のいい場所がどこであるかを理解し、その居心地のいい環境を自分自身で作り出すことにつながる点にある」と述べています。

自分の性格を変えるのは難しいこと。それよりも、自分の性格とうまく折り合いをつけて過ごす方が、よりよい人生につながっていきそうです。

ところで、本書で心に残ったのが、笑顔の効用。笑顔は、自分自身の外向性や協調性の高さが反映しているようですが、他の人にはそれとともに、勤勉で、開放的で、情緒安定的といった好ましい印象を与えるのだそうです。

性格に多少の難があっても、笑顔はそれをカバーしてくれるかもしれません。

『自衛隊は市街戦を戦えるか』を読みました。

自衛隊は市街戦を戦えるか (新潮新書)

2020年31冊目の読書レポートは『自衛隊は市街戦を戦えるか』(著 二見 龍/新潮新書/初版2020年8月20日)。

書店で思いがけないタイトルが目にとまり、手に取りました。

平成の時代になってから、国民の自衛隊に対する視線は随分変わってきたように思えます。

大きな災害のたび、自衛隊員による救助・復旧活動を目にすることが多くなったことも、理由のひとつかもしれません。

けれど、自衛隊の最も大事な使命は、いざというときに、国土を守り、国民の命を守ること。そのための“武装集団”であることは不変です。

本書は、元・陸将補(軍隊でいえば陸軍少将)で、陸上自衛隊で作戦・教育訓練に携わってきた著者が、陸上自衛隊の実情を明らかにし、陸上自衛隊のこれからのあるべき姿について提言したもの。

著者自身が“最強の部隊”を追求した、第40普通科連隊長在任時のエピソードを交えながら、自衛隊の装備・訓練、組織風土、人材育成などについて、問題点や課題を指摘し、真価を発揮する“武装集団”を作っていく道を探っていきます。

私自身、自衛隊について特に強い関心があるわけでもなく、本書の内容は初めて知ったことばかり。

現代の戦争は、サイバー戦や情報戦を組み合わせる「ハイブリッド型」に変貌。「国家対国家の大規模総力戦」から「限定的、短期終結」型へ変化し、市街地が重要な攻防の場所になっている。

市街地で戦い抜くには、個々の戦闘員の能力向上と、高い戦闘技術の保有が必要となる。

けれど行われているのは、旧態依然の陣地攻撃訓練が中心で、隊員の装備も改善なかばの状況にある。

自衛隊内部で行われる「戦技競技会」が重視され、訓練時間の確保に影響を及ぼしている。

自衛隊員は50代から定年退職が始まり、せっかく磨いてきた技術が、生かされていない…。

戦争の様相が大きく変わっていることを認識させられるとともに、現在の陸上自衛隊が果たしてそれに対応できる状態にあるのか、考えさせられることになりました。

もちろん言うまでもなく、国民が巻き込まれる市街戦などあってはならないこと。絶対に起きてほしくはありません。

けれど、だからといって、万が一のための備えをおろそかにすることはできないでしょう。

著者は「現在の装備と戦い方のままで、市街戦になったら、多くの損害が発生することは避けて通れない」と指摘しています。

著者の懸念が現実のものとならないよう、万全な態勢を整えてもらいたいと思わずにはいられません。

ところで、本書を読んで一番驚いたのは、これまでの戦争で多くの犠牲を出したにもかかわらず、いまだに「突撃」の訓練が行われていたことでした。

訓練には理由があるようですが、あくまで訓練だけだと固く信じています。

『<美しい本>の文化誌 装幀百十年の系譜』を読みました

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2020年30冊目の読書レポートは『<美しい本>の文化誌 装幀百十年の系譜』(著 臼田捷治/ブックデザイン 佐藤篤司/発行 Book&Design/初版2020年4月25日)。

新聞の書評欄で知って買い求めたものの、2カ月近く積読状態。けれど読み終えるのに時間はかかりませんでした。

本書は、雑誌『デザイン』の元編集長で、文字文化、グラフィックデザイン、現代装幀史などの分野で執筆活動をする著者が、夏目漱石に始まる日本の装幀文化110年の歴史を紐解いた一冊。

装幀文化を彩った350冊の本を取り上げて、時代性や装幀の特色(見どころ)などを丁寧に解説。

また装幀に密接に関係する用紙や文字組、文字フォントなどについても、その変遷や様々な取り組みを詳しく紹介しています。

私自身、長く出版社に勤めましたが、編集の仕事はとうとう未経験のままで退職。

編集実務には疎く、装幀などもちろん門外漢。本書の登場人物は、有名な作家を除けば、初めて知った人たちが大半でした。

けれど、著者の深い見識と愛情に満ちた装幀にまつわる様々な物語は、そんな私でも興味は尽きず。

プロの装幀家だけでなく、グラフィックデザイナー、画家、版画家、著者自身、編集者、建築家、音楽家、ファッションデザイナーなど、多様な人たちによって紡がれたてきた装幀文化の豊かで、奥深い世界にすっかり引き込まれてしまいました。

また、「装幀は時代の精神や空気を映す器であるとともに、文学(テキスト)と美術(意匠)とが響き合っている」(杉浦康平)

「装丁の役割は、書店で人々の心を本に誘いこむ事である。しかし、それは商品としての本という事からだけではない。言語という表現手段で表された本という物は、一人一人の読むという行為の内で真に一冊一冊の本という物になるのだと考えているからだ」(菊地信義)

「その紙の集積からなる本を、装幀は魅力ある<かたち>に仕立てて読み手に差し伸べる。そして、美しい本が語りかける<言葉>はテキストと一体となって、読者それぞれのうちで<生きられる>存在となるのだ」(著者)

本と装幀と関係について語られた言葉は心に強く残るもの。本好きでありながら、ほとんど気にかけてこなかった装幀の重要性を、しっかりと認識することになりました。(ちなみに、今回から装幀者の名前を記すことにしました。)

それにしても、本書に登場する装幀は、著者が選んだだけあってどれも印象的で、目を奪われます。(書影撮影 佐藤康生)

与謝野晶子『みだれ髪』(装幀 藤島武二)のデザインは、100年以上経った今でも斬新。

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村上春樹自装の『ノルウェイの森』の存在感は圧倒的です。。

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ちょっと驚いたのは、作曲家武満徹の装幀による本があったこと。

著者によれば「暗緑色のにじみが示す、空気の波動のような澄んだ気配がこの上なくエレガント」。武満の音楽が、そのまま本から聴こえてくるような佇まいです。

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ところで本書では、電子本に関係して、生物学者の福岡伸一先生の話が紹介されています。

福岡先生によれば、「コンピュータやスマホ上の文字は、電気的な処理により絶えず細かく震えていて、紙に印刷された文字ではありえない緊張を脳に強いているはず。安心して読める阻害要因になっている」とのこと。

「じっくり読むには紙がよく、頭にもよく入る」のだそうです。

私自身、電子本はどうも苦手。それは単なる慣れのせいかと思っていましたが、ちゃんと理由があることがわかり得心が行きました。

それはともかく、紙の手触りや装幀の美しさは本(読書)の愉しみを増すもの。本書を読んで、「読むなら紙の本」という思いがますます強くなりました。