えむと、メモランダム

読んだ本と出来事あれこれ

『東京の編集者 山高登さんに話を聞く』を読みました。

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2021年4冊目の読書レポートは『東京の編集者 山高登さんに話を聞く』(著 山高登/夏葉社/装丁 櫻井久 中川あゆみ/初版2017年4月25日)。

地元、くまざわ書店武蔵小金井北口店の“夏葉社フェア”で買い求めました。ちなみに、大型書店とまではいきませんが、このお店の品揃えはなかなかのもので、私にとっては頼りになる存在です。

本書は、新潮社の元編集者で、その後木版画家として独立された山高登氏の話を、夏葉社の代表である島田潤一郎さんが聞き書きした一冊。

山高氏の半生や、担当した作家との数々のエピソードが、時を超えて綴られています。

山高氏が新潮社に入社し編集者になったのは、戦後間もない昭和22年。
そのため本書に登場する作家は、山本有三、林芙美子、高浜虚子、水上勉、内田百閒、尾崎一雄、志賀直哉、井伏鱒二など、私にとっては、歴史上の人物がほとんど。

それだけに、失意のどん底にあった若き日の水上勉の姿、東京駅のステーションホテルでの内田百閒との食事風景、出来上がった本を毎晩枕元で見ていた志賀直哉、間合いが絶妙な井伏鱒二のジョーク…。

山高氏ならではの話から、作家たちの知られざる一面を窺い知ることができて、興味深いものがありました。

一方、仕事ぶりから伝わってくる山高氏の人柄や、「美しい本をつくりたい」という思いも心に残るもの。作家たちから信頼されていたことが、よくわかります。

今はもう、山高氏のような編集者は、なかなか見つからないかもしれません。

ところで本書には、山高氏が昭和30年代の東京を撮影したモノクロ写真、山高氏が関わった書籍の書影、そして山高氏が作った書票(蔵書票)も収録されています。

写真は時代の空気を感じさせるもので、書影や書票はどれも印象的。
特に井伏鱒二の『鞆ノ津茶会記』の書影には心が引かれ、レトロ感たっぷりの書票には何ともいえない魅力を感じました。

140頁ほどの本ですが、忘れがたい一冊になりそうです。

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井伏鱒二『鞆ノ津茶会記』(福武書店・函入)

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山高登氏書票

 

『定年後の作法』を読みました。

定年後の作法 (ちくま新書)

2021年3冊目の読書レポートは『定年後の作法』(著 林 望/ちくま新書/初版2020年12月10日)。

私はすでに“定年後”の身ですが、今も個人事業主として古巣の仕事を請け負っているせいか、その感覚はほとんどありません。

ただし、それなりの歳になっていることは間違いなく、リンボウ先生がどんなことを言っているのか興味があって、手に取りました。

本書は、リンボウ先生が、定年後(会社や組織を離れた後)の生活について、その心構えや、過ごし方を、自身の経験も踏まえながら伝授するもの。

組織を離れた「個(弧)」の生活では、自省心と自制心から生まれる「程の良さ」が大切であり、それは夫婦でも同じ、といった話から始まり、

旅の楽しみ方、時間の使い方、趣味の持ち方、家事や地域との関わり方、さらに老後の生活設計と終活についてなど、多岐に渡って“リンボウ流定年後生活術”が開陳されています。

さすがに、紹介されている先生の生活スタイルを、そのまま取り入れるのは無理な話。

けれど、“人間が仲良く暮らすには「付かず離れず」の距離感とお互いに独立の個人としての敬意が必要”

“努力しないで、あとで後悔するのはつまらない。努力して、それ相応の実りを手にすることこそ、生きていることの大きな楽しみ”

“五年後、十年後の目標や計画を立てるより、「今日、何をやるか」が大事。今日一日を有意義に生きることに集中しよう“

先生の言葉には説得力があり、刺激になります。定年後とはいわず、もっと若いときから意識しても良さそうです。

ところで先生は、「生きがいをもって暮らし、やるべきことは充分やって、“立つ鳥跡を濁さず”というふうにきれいに人生を終えることが理想の大往生だ」と語っています。

先生が理想とするくらいなので、私にはかなりの難題ですが、少しは近づきたいもの。

そのためには、健康に気を配り、歳を取っても新しいことを身につける努力を重ね、その一方で、人生の始末にも心を砕く。

そのくらいの“作法”は、心がける必要がありそうです。

最後に登場する、「人生は最後の最後まで努力の積み重ね」という先生の言葉を噛み締めました。

『JR上野駅公園口』を読みました。そして上野公園を訪れました。

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2021年2冊目の読書レポートは『JR上野駅公園口』(著 柳美里/河出書房新社/装幀 鈴木成一デザイン室/初版2014年3月30日)。

本書が、アメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞(翻訳文学部門)」を受賞したということで、遅ればせながら手に取りました。

重版の出来を待って本書を購入したのは、紀伊国屋書店の新宿本店。レジでサイン本に交換してくれたのですが、見返しに落款付きの立派なサインがあり、びっくりしました。ちなみに、「時は過ぎない」は小説に登場する言葉です。

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この作品で描かれているのは、昭和天皇と同じ年、同じ日に、福島県八沢村(現・南相馬市)で生まれた男の物語。

生活は決して楽ではなく、64年の東京五輪の前年に出稼ぎで上京。その後も家族を養うため、二十年余り、出稼ぎを続けます。

ところが、一人息子が21才で急逝。やがて妻にも先立たれることに。

時が過ぎても、悲しみや苦しみが消えることはなく、人生を生きることが怖くなった男は、再び上野に戻ってホームレスとなり、そして「運がなかった」とつぶやき、「死」に引き寄せられていきます…。

豊かさから見放された暮らし。かけがえのない肉親との突然の離別。
隔絶・排除され過酷な生活を強いられるホームレスたち。
その一方、別の世界では、何事も起きていないかのように過ぎていく日常。

人生や社会の不条理が突きつけられ、男の救いようのない孤独感や絶望感に、胸が締めつけられる思いがしました。

ところで、本書を読みかけてすぐに思い出したのが、もう20年ほど前に、子供を連れて上野の国立科学博物館に行ったときのこと。

思いがけず目にした、たくさんのブルーシートは今でも忘れられません。けれど、それが何を意味するのか、当時は深く考えることもありませんでした。

全米図書賞のホームページで本書は、「日本の近代化で多数の人が社会の片隅に追いやられ、無視されてきたことを読者は知ることになる」と紹介されたそうです。

その通り、読み終えて、ブルーシートの奥にある社会の姿が浮かび上がり、闇の深さを今更ながら思い知らされました。

柳さんは記者会見で、「この本は決して明るい内容ではありません。(それでもこの作品が多くの人に届いているのは)今、誰しもが苦境に立たされ『希望のレンズ』を失い、この本に描かれた『絶望のレンズ』とピントが合ったからではないでしょうか」と語ったとのこと。

誰もが『希望のレンズ』を手にする日が、一刻も早く来てほしいものです。

余談になりますが、本書を読んで作品の舞台をどうしても見たくなり、先日上野公園を訪れました。

最寄りの上野駅公園口は、去年3月に移設されたのですが、コロナもあって、移設後に訪れたのはこの日が初めて。

駅舎は新しくなり、道もロータリーとなって整備されていたのですが、本書を読んだ後だったからか、きれいさっぱりした風景は、何かしっくりきませんでした。

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新しい上野駅公園口

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新駅舎とロータリー

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時わすれじの塔

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摺鉢山古墳案内板

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正岡子規記念球場

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弁天堂

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彰義隊墓所

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西郷隆盛銅像