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『食いつめものブルース 3億人の中国農民工』を読みました

3億人の中国農民工 食いつめものブルース

2017年94冊目の読了は、『食いつめものブルース 3億人の中国農民工』(山田泰司/日経BP社 初版2017年11月13日)です。書店で目にして手に取りました。

本書は、ノンフィクションライターで上海に住む著者が、中国で出会った「農民工」と呼ばれる農村出身の出稼ぎ労働者とその家族のことを書いたルポルタージュです。
今、書店に並ぶ中国関係の本は、政治、経済、軍事、社会体制などについて大きな視点から論評したものが定番。“中国を底辺から支えている”とも言われている農民工を描いた本書は、それだけでも異色かもしれませんが、著者の境遇や農民工に対する心情がそうさせるのか、著者と農民工の人たちが、分け隔てなく家族のようにつきあっている様子は強く心に残りました。

爆買いする中国人観光客は日本ですっかりお馴染みになりましたが、「農民工」といっても知らない人が大半でしょう。もちろん私も本書で初めてその存在を知ったのですが、暮らしぶりにはびっくりします。取り壊されるため廃墟となった集合住宅の一室や、便器むき出しの部屋が住居。ユニクロのダウンコートが臨月の花嫁のウエディングドレス。突然の転職や引っ越し。決して楽な生活でないのに、貯めたお金を娘の会社へ出資したり、自家用車を購入したり。とにかく日本人の感覚からすると、考えられないことばかりです。

ただ一方で、自分たちで使うお金を切り詰めてでも、子供のために学費や結婚資金を貯める夫婦の姿や、親子・親戚同士の絆の強さ、そして何より、都市住民との間に圧倒的な格差がありながら絶望せず、不平・不満を口にせず、明日は“自分の番”だと信じて、希望を持って働き続ける姿は、社会体制や国に対する考え方が違うとはいえ、とても印象的でした。

著者は本書のエピローグで、「決して愚痴らず挫けなかった農民工たちが最近、愚痴をこぼすことが増えていることが気がかり。明日は“自分の番”という希望がゆらぎ、たくましさに翳りが見え、不平等に耐えてきた寛容の心も限界が見え始めた気がしてならない」と語っています。農民工と直に接し、農民工のことを気にかけている著者ならではの言葉ですが、発展の果実をもらえると信じていたのにそれが幻になってしまえば、愚痴が怒りに変わることがあるかもしれません。中国では人口の五人に一人、約2億8千百万人が農民工だそうですが、怒りが本物になったとき、その声は中国の社会に少なからぬ影響を与えそうです。

「外から見ているだけでは、その国の本当の姿はわからない」という当たり前のことを、本書を読んで改めて実感しました。

読後感(興味深かった)