えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『スリップの技法』を読みました

スリップの技法

今年98冊目の読了は、『スリップの技法』(久禮亮太/苦楽堂 初版2017年10月31日)です。新聞の書評欄で知り、手に取りました。

本書は、書店チェーンの店員として18年間働き、現在“はフリーランス書店員”として書店カフェ「神楽坂モノガタリ」の選書に携わったり、いくつかの書店チェーンで業務改善などを請け負ったりしている久禮さんが、“スリップ”(新刊本に挟まっている細長い紙片)を通して、書店・書店員の仕事の面白さや奥深さを描いたものです。

“スリップ”といっても、出版・書店業界以外の人がその存在に関心を持つことはまずないでしょう。私が社会人になった頃は、まだスリップは出版社と書店にとって欠くことができないものでした。女性社員やアルバイトの人が、書店から送られてきたスリップをフロアの片隅で一生懸命に数えている姿を、今でもよく覚えています。しかし、その後POSシステムが導入されて存在意義は次第に低下。出版社でも書店でもすっかり“データ”が幅をきかせるようになりました。

本書では、久禮さんのメモが書き込まれた100枚以上のスリップを実際に示しながら、スリップを使った仕事ぶりが詳しく紹介されています。
スリップからお客様の姿や購入動機を想像し、そこから品揃え(仕入れ)を考え、スリップを使って他の店員とコミュニケーションを取り、そして次の購入に結びつく棚作りを行う。まさに推測し、仮説を立て、実践して、検証するというプロセスですが、まさかスリップ1枚でここまでするとは思いもよらず、ただ感心するばかりでした。
また、本1冊買ってもらうことがいかに大変なことか、そして書店にとっては日々の1冊1冊の積み重ねがいかに大切なことか、1冊の重みに今さらながら気づかされました。

POSシステムの導入で、書店と出版社の仕事は大きく変わりました。しかしその結果、データ重視の傾向が強まり、同じ著者や同じようなテーマの本が次から次へと店頭に並ぶといったことが目につくようになり、出版社では柳の下の3匹目のドジョウどころか4匹目、5匹目を狙うことも珍しくありません。

もちろんデータは重要なもので、それを活かさなければビジネスはうまくいきません。しかし、データだけに頼っていると、もっと大切なものを見落としかねないことを(それは出版社や書店に限ったことではないでしょうが)本書は教えてくれます。

本書は、紹介されている本についての久禮さんのコメントも魅力で、書店員に限らず、本に関心のある人なら楽しく読むことができます。また、栞は苦楽堂さんの本らしく本書専用。あれやこれや、今年読んだ本の中でも印象に残る一冊でした。

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読後感(よかった)