えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『江副浩正』を読みました

江副浩正

今年32冊目の読了は、『江副浩正』(馬場マコト・土屋洋/日経BP社 初版2017年12月25日)。書店で目にして手に取りました。

本書を開いて、「リクルート事件」が起きてから30年になることを知りました。政治家を巻き込んだ贈収賄事件ということで、当時は大騒ぎになりましたが、事件のことを覚えている人も、まして江副浩正氏がリクルートの創業者であるということを知っている人も、今はもう随分少なくなっていることでしょう。

本書は、その江副浩正氏の評伝です。やや複雑な家庭環境と戦争の影響を受けた幼少時代、生活レベルのギャップを味わい目立たぬ存在であった高校時代、誰も予想していなかった東大入学、リクルートの出発点となった大学新聞広告社の創業、広告代理店から人材事業、情報事業への拡大、さらに不動産やリゾート事業への展開が続く中で飛躍的に伸びていく業績、順風満帆のときに起きたリクルート事件とダイエー傘下入り、愛してやまなかったリクルートとの離別と少し寂しげな晩年。まさに波瀾万丈の人生ドラマを見ているようで、500ページ近い大部の作品ですが最後まで興味は尽きませんでした。

リクルートの創業者でありながら、リクルート事件での有罪判決がついてまわるせいか、経営者としての江副氏が語られることは少ない気がします。

しかし本書では、「情報」に価値を見出した先見性、既存の事業から新しい事業の芽を見つけ出す目の鋭さ、ここぞというときの大胆な資金投入、徹底した人材育成、そして自由闊達な企業風土の創造といった姿がしっかりと描かれていて、並大抵の経営者ではないことがよくわかります。奨学金制度の創設など社会貢献にも目が向いていて、もしリクルート事件がなかったら、時代を画した起業家としてもっと高く評価されてきたに違いありません。

本書を読むと、「リクルートを日本有数の企業にする」という江副氏の強烈な思いが伝わってきます。それは執念ともいうべきものですが、根底にあるのは高校時代に味わった悔しさであり、本書には書いてありませんが法学部など他の有名学部卒業生への反骨心だったとも思われます。

もっとも、ライバル企業が市場参入してきたときの恐怖心と敵愾心、その徹底した対抗策の凄まじさ、常に1位でなければならないと社員を叱咤し(それがリクルート発展の原動力だったのでしょうが)、巨額の負債(借金)はバネになると言い放って規模の拡大にひたすら邁進する姿には,個人的には少したじろぐものを感じました。

リクルート事件当時は、そんな江副氏の言動やリクルートの急成長・快進撃を快く思っていない人たちもいたに違いなく、もしかしたら、事件も案外そんな感情的なものがきっかけだったのかもしれません。

それにしても、本書で明らかにされているリクルート事件の顛末には驚きます。江副氏が徹底的に争ったことで、江副氏の公判だけが13年も続いたこと、江副氏の執行猶予を確保するため200名以上の人が上申書を書き、その中には大前研一氏や孫正義氏もいたこと、有罪判決でありながら判決文は江副氏の主張がほぼ認められていたこと、裁判では敵であった主任検事をその後自ら企画したコンサートに招待したことなど、初めて知ったことばかりでした。

また、もしリクルートコスモスの上場を担当する証券会社が違っていたら、事件は起きなかったかもしれないという事実を知ったときの江副氏の気落ちする様子もとても印象に残りました。

リクルートは、江副氏が去ってから新しい経営者のもとで再建を成し遂げ、業績を拡大してきました。リクルートからは多彩な人材が次々に輩出しています。それは、江副氏が願った“個人が輝き、伸び伸びと力を発揮する”職場風土がしっかりと定着し、脈々と受け継がれているからに違いありません。今、企業経営において「人」の問題がクローズアップされていますが、江副氏の人材育成の考え方は大いに参考になるのではないでしょうか。

本書を読んで江副氏のすごさを改めて認識させられました。そして、もう40年近く前大学4年の時に、リクルート(当時は日本リクルートセンター)で働いていた先輩に誘われて西新橋のリクルートビル(第7章の章扉に写真掲載)に行ったこと、リクルートへの就職を真剣に考えたことが懐かしく思い出されてきました。

読後感(よかった)