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『日航機123便墜落 最後の証言』を読みました

新書885日航機123便墜落 最後の証言 (平凡社新書)

今年57冊目の読了は、『日航機123便墜落 最後の証言』(著 堀越豊裕/平凡社新書 初版2018年7月13日)。書店で目にして、手に取りました。

日航機墜落事故から今年で33年。時間は随分経ってしまいましたが、乗員・乗客520名もの方が亡くなられた未曾有の事故のことを忘れることはできません。

個人的なことですが、事故から2カ月後に日航機に乗ったとき、着陸するたびに機内に何ともいえない安堵感が漂い、ある便では外国人が座席で拍手したことを今でもよく覚えています。

本書は、共同通信社の記者として米国に駐在中であった著者が、事故後30年の節目を迎えたことをきっかけに取りかかった事故の取材・調査を通して、事故原因の真相に迫っていくドキュメントです。著者にとって初めての著作ということですが、内容は明晰で、読み応えがありました。

日米両国の公式見解によれば、この事故の原因は、ボーイング社の修理ミスで圧力隔壁が破壊し、それにより垂直尾翼・油圧パイプの破壊が起きたことによるものだとしています(「圧力隔壁主因説」)。

しかし日本では、別の原因で垂直尾翼が破壊されたとする説や、事故原因を修理ミスに矮小化したという米国の謀略説、米軍または自衛隊による撃墜・誤射説も根強く主張されていて、公式見解に疑念を持つ人は少なくありません。

著者はそんな議論に終止符を打つべく、推測・伝聞に振り回されず、自分の足を使って日米の関係者に対し地道に取材を重ねていきます。

米国運輸安全委員会の事故調査担当者、ボーイング社の担当者や元社長、米司法省の元検事、“ハドソン川の奇跡”を起こしたパイロットなど、地の利を生かした米国側の取材は目を見張るものがあり、事故原因が新聞にリークされた経緯、日本側と米国調査チームのぎくしゃくとした関係、仲間の修理ミスが明らかになったときのボーイング担当者の嗚咽など、初めて知った“証言”の数々は興味深いものがありました。

中でも、“正直なミス”(悪意のないミス)の責任は問わないという米国に対し、日本では悪意がなくても“業務上過失致死傷”という罪があり結果責任を問われる(米国でも民事の責任は別です)という対比は強く印象に残りました。

罪に問われなければ、何でも包み隠さず明らかにしても構わないことになり、それにより事故原因の究明も進みそうです。しかし、罪になる可能性があるのなら関係者の口は重くなって、すべてが明らかにされるとは限らず、結果として原因究明に支障をきたすことも考えられます。事実、ボーイング社の修理チームは日本の警察の事情聴取に応じていません。

ただし著者も指摘しているように、いくら原因究明ができたとしても、日本人の感情としては、何百人もの犠牲者が出た事故で誰も刑事責任を問われないというのは、受け入れ難いことかもしれません。かといって、ミスをした人間を追い詰める社会も考えものであり、難しい問題だと感じました。

一方、日本側の取材で印象的だったのは、撃墜・誤射説の書籍を出版し話題になった日航の元客室乗務員青山透子氏にもしっかり取材していること。

著者は、取材を通して公式見解の「圧力隔壁主因説」が妥当であるという認識を持つに至り、撃墜・誤射説には疑問を感じているので、青山氏との意見の相違は明らかです。

しかし著者は、自分の意見を声高に主張することもなく、青山氏の主張を頭から否定することもしません。いったん受け止めて、撃墜・誤射説が生まれる原因・背景を冷静に検証し、事故の奥深さを浮き彫りにしているのには感心しました。

著者の取材をもとに示される事実には説得力があり、本書を読む限り、「圧力隔壁主因説」以外の事故原因は考えにくいものがあります。

本書により原因論争にピリオドが打たれれば、センセーショナルな言葉に目が奪われることもなく、事故のことをもっと平静に語り継ぐことができそうです。

事故から30年以上が経った今では、犠牲者やその家族の方々、また事故関係者にとってはそれこそが望ましいことかもしれません。

この事故以来、日本の航空会社では大型旅客機の墜落事故は起きていないそうです。犠牲者の方々の死を無駄にしないためにも、それに慣れることなく、安全への備えを怠らないでほしいと願うばかりです。

読後感(よかった)