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『辞書編集、三十七年』を読みました

辞書編集、三十七年

2019年11冊目の読書レポートは、『辞書編集、三十七年』(著 神永 曉/草思社 初版2018年12月10日)。書店で目にして手に取りました。

「辞書編集」という言葉からは、三浦しをんさんの小説『舟を編む』が思い起こされます。辞書編集部を舞台にした物語は異色で、松田龍平さん主演の映画も話題になりました。

イギリスでは辞書編集が刑罰だったこともあるとのこと。それだけ大変な仕事だということでしょう。本書は、出版社に入社してから定年までの37年間、その大変な仕事をやり遂げた著者が、辞書編集一筋の人生を回想したエッセイです。

辞書編集者の仕事の様子、自ら関わった数々の辞書の思い出、辞書を通した人との出会い、辞書に関係する思いがけない出来事。そして「方言」や「日本語の誤用」についての話や、著者が取り組んでいる「辞書引き学習」のこと。

著者と辞書に纏わる様々なエピソードが綴られ、悩み、ぶつかり、失敗しながらも実力編集者への道を歩んできた著者の姿も浮かびあがってきます。

私自身、編集者とは少なからず関わり合いがありますが、辞書編集の仕事ぶりを知ったのは本書が初めて。一般的な書籍編集とはまったく違う世界があって興味深く、特に膨大な量のゲラ読み(会社の上層部から、校正刷りの紙代について文句を言われたそうです)、念入りな校正には驚きました。

また、辞書ならではの“事件”も面白く、刑務所の受刑者らしき人から漢字の字体について指摘を受けたり、殺人事件の被告人から自分の無罪を証明するため辞書の語釈を変えるよう依頼が来たり、類語の意味の違いについて嫌がらせに近い質問攻めにあったり、中国の大学生から中国の故事について質問を受けたり…。対応に追われる姿が目に浮かびます。

著者は、そもそもは文芸書の編集が希望。ところが意に反して辞書編集者として社会人をスタート。途中異動も考えたようですが、結局は辞書編集の仕事から離れることはありませんでした。著者も認めているように、仕事が性に合っていたからでしょうが、何より言葉の世界に魅了されたに違いありません。

もっとも、“進路変更”しなかったおかげで、辞書や言葉について造詣が深まり、多くの人から頼られる存在に。またテレビ・ラジオに出演したり、「辞書引き学習」のため全国行脚したりして、新しい道も開けてくる。

もちろん、それは仕事に対し真摯に取り組む著者の姿があってこそですが、「人生は何がどう転ぶかわからない」とつくづく思ってしまいます。

ところで本書では、著者の父親の座右の銘が紹介されています。「裏方ゆえに一瞬間も油断できない」という言葉で、著者も大切にしているそうです。まさに辞書編集者にふさわしいものですが、私にとっても戒めとなります。心にしっかり刻みました。