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『なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校反省会議』を読みました

なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校反省会議 (文春新書)

2019年14冊目の読書レポートは、『なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校反省会議』(編・解説 半藤一利/文春新書 初版2019年2月20日)。書店で目にして手に取りました。

終戦の年(1945年)から70年以上が経ち、実際に戦場に立った人はもちろん、戦争を経験した人も少なくなりました。平成の時代、幸いにも日本は戦争に巻き込まれることはなく、日本人にとって、戦争はどんどん遠い存在になっているかもしれません。

本書は、偕行社の定期刊行誌『偕行』(昭和51年12月号から昭和53年3月号)に掲載された「大東亜戦争の開戦の経緯」と題する座談会を再編集し、随所に半藤さんの解説を加えてまとめたもの。戦前、陸軍将校の社交・研究の場であった偕行社は、現在は旧日本陸軍将校と陸上・航空自衛隊OBの親睦組織となっているそうです。

座談会では、開戦時、陸軍省と陸軍参謀本部の中堅参謀だった人たちが、日独伊三国同盟の成立から、北部仏印・南部仏印進駐、東条内閣の成立、そして誰もが思ってもいなかった対米開戦に至る過程で実際に見聞きしたことを語り、自らの思いを胸襟を開いて披露しています。

ドイツへの心酔、ひとりよがりの希望的観測、現実を無視した精神論、陸軍と海軍の戦略不一致と不仲、中堅幹部の独走、空気が左右する曖昧な意思決定、当事者意識の欠如。さまざまな要素が絡み合い、作用しながら、勝ち目のない戦争に至る経緯は、今更ながらで、空しささえ覚えますが、出席者の証言は生々しく、重みがありました。

話のなかで興味深かったのは、やはり陸軍とは認識や戦略観が異なる海軍の動き。「海軍が引くに引けなくなって導火線に火をつけた」と言ってもいいような事実が浮かびあがり、半藤さんが指摘するように、よくいわれる「海軍善玉、陸軍悪玉」といった単純なものでないことがわかります。

陸軍の人たちだけの座談会ですから、海軍に批判的になるのは仕方ないとしても、自分たちだけが悪者になるのは間尺に会わないと感じるのはもっともなこと。「海軍が余計なことをした。山本五十六の真珠湾攻撃などとんでもない。」という思いが座談会を終始貫いているのも印象的でした。

もっとも、アメリカと戦争することになった遠因は陸軍が始めた日中戦争にあるともいえ、善玉とか悪玉とか言う議論は意味のないもの。どちらにしても、戦うことが仕事の軍人が「戦えない」「戦ってはいけない」と自らの存在価値を否定するようなことは、なかなか口には出せないでしょう。

だからこそ、危険が大きくなる前にその芽を摘み、軍人が表に出てくるような深刻な事態に陥らないようにすることが何より大事。そうしないと、戦争がいつのまにか忍び寄り、かけがえのない平穏な日常をあっという間に奪ってしまう。本書を読んで、そんなことも思い浮かびました。