えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『ヒトラーの時代 ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか』を読みました

ヒトラーの時代-ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか (中公新書)

2019年42冊目の読書レポートは、『ヒトラーの時代 ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか』(著 池内 紀/中公新書 初版2019年7月25日)。なぜ熱狂したのかを知りたくて、また著名なドイツ文学者が本書を書いたことに興味を持ち、手に取りました。

ナチスの台頭について私の認識といえば、「ドイツの政治が混乱状態にあったところで、ベルサイユ条約が引きがねになった」、「ゲシュタポの暗躍」、あるいは「ゲッペルスのプロパガンダが効を奏した」といった程度のかなりいい加減なもの。イメージのようなものに過ぎなかったかもしれません。

本書を読んで、ヒトラーが政権についてからポーランド侵攻までの5年間(「平穏の時代」と呼ばれているそうです)、街に秩序が戻り、失業者は減り、所得は増え、労働条件は改善され、社会保障の充実も行われ、ドイツ国民には安らぎの時期だったこと。(アメリカの作家ジョン・トーランドによれば「この独裁者が政権四年目ごろに死んでいたら、ドイツ史上、もっとも偉大な人物の一人として後世に残った」そうです。)

また、ナチスの式典の華麗さや、再び出現したドイツ軍の威容が、打ちひしがれていた国民感情に誇りと自信を取り戻させたこと。

そして、そんなヒトラーの“偉業”を前に、初めは高みの見物だったドイツ国民が一気にナチス体制に同調していき(ゲシュタポの存在もあったでしょうが)、もはやその勢いを止めることは誰もできなかったことを知りました。

本書では、ドイツの作家ケストナーの「雪の玉が小さいうちに踏みつぶさなくてはならない。雪崩になってからでは、もう遅すぎる」という言葉が紹介されています。けれどヒトラーの時代の様相を見ると、平凡な市民にとっては到底できることではなかったでしょう。

ヒトラーの時代に起きた現象は決して特異なものではないはず。同じようことが、またどこかの国で、もちろん日本でも起きないとは限りません。そのときに、どうしたら知らない間に片棒を担ぐようことをしなくて済むのか。かなりの難題で、考え込んでしまいました。

ところで、本書を読み終えた後、本書がネット上で思わぬ“騒動”を巻き起こしていることを知りました。

本書の内容に誤りが散見されたために、ドイツ現代史の研究者たちが問題視し、そこから火がついたようですが、著者だけでなく中公新書に対する非難まで飛び交い、さらには著者のご子息である池内恵さんまで巻き込むような事態になっていることなど、思いもしないことです。

確かに、同じような話が何度も出てくるようなことはありましたが、私自身は、歴史書・学術書というよりエッセイとして読んでいたので、特に気にすることもなく、様々なエピソードを興味深く読んでいました。

そもそも、ドイツの歴史自体にそれほど関心はなく、本書を読んだ目的はドイツ国民が熱狂した理由を知ること。研究者の指摘する“詳しい事実”や“細かいミス”を見ても、「ああそうなのか」というくらいでしかなかったのですが、歴史の専門家からすると小さい誤りも許されないのでしょう。

ただし、その矛先が出版社にまで向かったのは驚くばかり。中公新書の力が大きいことの裏返しかもしれませんが、研究者の指摘はともかく、「粗製乱造」とまで書かれているのを見ると、同じ業界にいる者として複雑な気持ちになってしまいました。

ところがそのあとに、西洋史学者で中公新書『物語 オーストリアの歴史』の著者でもある山之内克子氏がnoteに投稿された『SNS時代に本を書くということ…新書「ヒトラーの時代」に思う』という記事を目にしました。

物語 オーストリアの歴史-中欧「いにしえの大国」の千年 (中公新書)

この記事から、誤りが訂正されないまま『ヒトラーの時代』が出版された理由(もちろん断定はできません)がおぼろげながらわかったのですが、そうだとすると、編集者、編集部の立場は容易に想像できます。

ちなみに、山之内氏は「言論・出版の自由」を指摘されていますが、著作権法の規定もあり、出版社(編集者)は著者の同意がなければ、原稿の内容を変更することできません。編集部としては、腹をくくって出版したのかもしれません。

ただ山之内氏の記事を読んでも気になったのは、そのことよりも、ネット書店のレビューやこの騒動で発信されたつぶやきに対する、山之内氏の思い。

「市場に出た途端に心ない人びとの手で公開処刑されるかのような恐ればかり湧いてきた」、「ツイッターが炎上するかもしれないという不安から定期的にエゴサーチもするのだが、これが精神的にさらに良くなかった」、「ツイッターを発散手段にしているような人々の暴言にまで、書物の著者は耐えなければならないのだろうか」、「書く喜びが目減りしてしまっていることはたしかなこと」。

出版社からすると、ネット上の意見を一つ一つ気にしていたら切りがないのですが、苦労して一冊の本を書き上げた著者の思いは、まったく違うもの。山之内氏の悲痛な言葉に、やりきれない思いが募ってきました。

山之内氏は「また本を作ろう、という前向きな感情は、書きあがったいまも、現在のところ全く湧いてこない」と語っています。

その気持ちはとてもよくわかりますが、ネット上にあふれる言葉に惑わされることなく、本を愛する多くの人のために、また出版業界のためにも、これからも筆を執っていただきたいと願わずにはいられません。

今回は思いがけない読書レポートとなりました。