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『ノモンハン 責任なき戦い』を読みました

ノモンハン 責任なき戦い (講談社現代新書)

今年48冊目の読書レポートは、『ノモンハン 責任なき戦い』(著 田中雄一/講談社現代新書 初版2019年8月20日)。書店で目にして、手に取りました。

ノモンハン事件が起きてから、今年で80年。事件のあらましは、もう随分前に、半藤一利さんの『ノモンハンの夏』を読んで知りました。

ただ、今でも強く印象に残っているのは日活映画『戦争と人間 第三部』で見た、実際のソ連軍を使った大規模な戦闘シーン。

それは「事件」などという生易しいものではなく、紛れもなく日本とソ連の「戦争」であり、悲惨な戦いが描かれていました。

本書は2018年8月に放送されたTV番組、NHKスペシャル『ノモンハン 責任なき戦い』をベースとしたもの。

番組のために収集した一次資料、また軍関係者や遺族に行われた取材を基に、事件の全貌と事件のその後が書き記されています。

なぜ事件起きたのか、なぜ拡大を防げなかったのか、なぜ大敗を喫し多くの犠牲者が出たのか。すでに多くの文献があり、語り尽くされていることかもしれません。

本書でも、「情報の軽視」、「根拠のない希望的観測」、「功名心」、「情実的な組織(優先される人間関係)」、「現場と中央の不十分な意思疎通」、「曖昧な責任」、「偏った精神主義」が浮き彫りに。

また、捕虜に対する厳しい方針もこの事件で定着し、第二次大戦で露呈する日本軍の問題が、本書の帯コピーにある通り、まさに“序曲”として奏でられています。

事件の責任は、現場の指揮官たちに押し付けられ、自決強要、免官、停職といった重い処分が下される一方で、参謀たちは形だけの処分。

短期間でエリートコースに復帰した参謀たちが、やがて「ガダルカナル」で、「インパール」で、悲惨な戦いを繰り返し、兵士たちに犠牲を強いることになるわけで、それを考えると、何とも言えない暗い気持ちが心の底から湧き上がってきます。

事件で生き残った兵隊が、「参謀たちは、自分の功績のために、功績を挙げるために戦争を起こしたとしか思えない。」と語っていますが、そう考えてしまうのも無理のないことかもしれません。

ところで本書では、自決に追い込まれた陸軍中佐の妻が、幼い我が子の手を引きながら真相を追い求める姿や、戦後、事件の張本人とされている辻政信の子供が、学校でいじめられたエピソードが紹介されています。

これもまた戦争の痛ましさ。戦争の犠牲者は、銃弾や爆弾に斃れた兵士や市民だけではありません。

著者は本書のあとがきで、「上層部は責任をとることなく、しわ寄せが下へ下へと向かっていく構図は、いまも変わらぬ日本型組織のありように思えてならない」と語っています。

それは組織の話に留まらず、戦争そのものでも同じこと。戦争で一番被害を受けるのは国家の論理やエゴに翻弄される普通の庶民であることを、決して忘れてはならないと思います。