えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『古くてあたらしい仕事』を読みました。

古くてあたらしい仕事

2020年3冊目の読書レポートは、『古くてあたらしい仕事』(著 島田潤一郎/新潮社 初版2019年11月25日)。

購読している新聞2紙の書評欄で目にして、手に取りました。同じ作品が、同じ日に、同じようにコラムで紹介されるのは、とても珍しいことです。

著者は、一度も編集経験のないまま、2009年に東京・吉祥寺で「夏葉社」という出版社を設立。編集、営業、事務から本の発送まで、ひとりで切り盛りしています。

作家志望で27歳まで無職だった著者。いくつか会社勤めするも長く続かず、31歳から始めた転職活動は、50社連続で不採用。

そんなとき、著者が出版を仕事にしようと思ったのは、兄弟のように仲良くしていた従兄の急逝と、悲しみのなかで出会った一編の詩を、叔父と叔母のために本に仕立て、プレゼントしようと思ったことがきっかけでした。

本書は、その夏葉社を立ち上げるまでと、立ち上げてからの10年の歩みを振り返りながら、出版という仕事について、また働くことや生きることの意味について、著者の思いを綴ったものです。

普通の感覚では、経験も、伝手もないのに、出版社を経営するなど、無理というより、無謀なことかもしれません。

しかも、出版する作品は昔の本の復刊を主とし、年間3点くらい。初版部数は2500部、営業できる本屋さんは全国で100店舗となると、出版業界のことを多少なりとも知っている人であれば、“困難な道”を想像してしまいます。

実際、はっきりとは書かれていませんが、無名であるがゆえに、営業活動では苦杯を嘗め、悔しい思いをしたことも幾度となくあったようです。

けれど、「誰かのために、何かをしたい」という強い思いに導かれるようにして、手探りで本作りをしていく著者。

そこにかけがえのない協力者が現れ、理解者が増えていき、次第に地歩が固まっていきます。

それは“驚き”ともいえますが、「志」の強さ、本に対する愛情、仕事に対する内省、そして何より著者の真摯な姿があって、道が開けていったことは間違いないでしょう。

それだけに、出版に対する著者の言葉は重く感じられ、はっとさせられることが度々ありました。

「本はただ単に、情報を紙に印刷して、それを束にしたものではない。それよりも、もっと美しいものだし、もっとあこがれるようなものだ。」

「手間暇をかけずにつくった本は売れない。どんなに表面をきれいに仕立ててみても、そこには決定的になにかが足りない。それよりも、不安に思いながら、これでいいのだろうかと迷い、ギリギリまで試行錯誤した本のほうが読者に届く。」

「世の中のすべての本が、売上という数値に基づいてのみ企画され、販売部数という数によってしか価値を測れなくなることのほうが、読者にとって災厄だろう。」

どれも、今の出版業界の一面を突くような話で、耳が痛いものです。

けれど著者は、それを声高に非難しているわけでも、やみくもに自説を主張しているわけでもありません。

「大きな資本を持つ出版社の本や雑誌が、読者の裾野を広げることによって、小さな出版社が仕事をするスペースが生まれる。」と語り、仕事のあり方や存在意義を考え、出版の多様性に価値を見出しています。

「大きな仕事があるから、小さな仕事が成り立つ」。そんな発想は、「いいね」と「星の数」ばかり気にしているだけでは、なかなか生まれないもの。

小さなものを大切にし、ひとりの声に耳を傾けるという、著者の生き方があってこそのものであり、強く心に残りました。

著者は本書の「あとがき」で、自分の息子さんに望むこととして、「立身出世ではなく、社会的な成功でもなく、身のまわりの人を助けられる人になってほしい」と語っています。

著者と夏葉社のすべてが、この言葉に凝縮されていると言っても過言でないはずです。