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『証言 治安維持法 「検挙者10万人の記録」が明かす真実』を読みました

証言 治安維持法: 「検挙者10万人の記録」が明かす真実 (NHK出版新書)

2020年25冊目の読書レポートは『証言 治安維持法 「検挙者10万人の記録」が明かす真実』(著 NHK「ETV特集」取材班 監修 荻野富士夫/NHK出版新書/初版2019年11月10日)。

香港で「香港国家安全維持法」が施行され、“香港独立”という旗を持っていただけで逮捕されたり、民主派団体が解散に追込まれたりしています。

言論の自由はなくなり、どうやら中国政府の意向に反することは、何でも取り締まりの対象になりそうです。

そんな報道に接して頭に浮かんできたのが、「治安維持法」のこと。SNSで本書を知って、手に取りました。

本書は、一個人が作り続けている「治安維持法で検挙された人々のデータベース」を活用し、関係者の証言とともに治安維持法の実態に迫ったNHKのテレビ番組『ETV特集 自由はこうして奪われた~治安維持法10万人の記録~』を書籍化したもの。

まず、治安維持法が作られた背景や目的、成立の経緯を概説。
そして、初めての大規模検挙「三・一五事件」、長野県の小学校教員が多数検挙された「二・四事件」、司法当局が推し進めた転向政策、植民地(朝鮮)での運用、美術部の普通の学生が検挙された「生活図画教育事件」といった治安維持法によって引き起こされた出来事を取り上げ、当事者や遺族の証言を交えながら検証。

さらに戦前・戦中から戦後に連なる日本の治安体制について言及し、“治安維持法の真実”を明らかにしていきます。

治安維持法が生まれたのは、「米騒動」がきっかけでもあり、その前に国会に提出され廃案になった「過激法法案」が修正されたものであること。

当初は共産党を取り締まる法律だったはずが、法改正(1928年)で盛り込まれた「目的遂行罪」により、共産党員でない人にも適用され、裁判官は運用をチェックする機能を放棄したこと。

朝鮮をはじめとする植民地では、独立運動(植民地)を押さえつけるための手段として厳しく運用され、日本では一人もいなかった死刑判決が、朝鮮では約50人に下されていること。

共産党壊滅後、特高警察は組織温存のために新たな“テーマ”―思想弾圧により戦時体制を支える―を見つけ、法律適用の拡大を加速させていったこと。

終戦により治安維持法は廃止されたが、運用を担った思想検事は罷免されることなく通常の検察業務を行い、思想検察はやがて公安検察に引き継がれていったこと。

これまで、「治安維持法」といっても、蟹工船の小林多喜二のイメージくらいしか持ち合わせていませんでしたが、どんな法律で、どのように使われてきたのか、その全貌を簡潔に知ることができました。

それにしても、本書で明らかにされている取り調べの過酷さは、肉体的にも精神的にもまさに拷問であり、目を背けたくなります。掲載されている小林多喜二の遺体写真の酷さには、言葉もありませんでした。

当初政府は、「濫用はしない。裁判所が限定解釈するから心配は無用」と言っていたそうです。

ところが、まったく正反対の姿に変貌してしまい、言わば制御不能になっていくわけですが、同じようなことがこれから絶対に起きないとは、誰も断言できないでしょう。

法律、特に人権に関係する法律については、曖昧さがないか、拡大解釈される余地はないか、厳しい目を持つことが必要であり、決して無関心であってはならないと痛感しました。

ある検挙者が語った「法律や規則みたいなものは、場合によっては人間の自由を束縛する材料になる危険がある」という言葉が、強く心に残っています。