えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『砂まみれの名将 野村克也の1140日』を読みました。

読書ノート2022年No.16は、『砂まみれの名将 野村克也の1140日』(著 加藤弘士/新潮社/初版2022年3月15日)

ウィキペディアで調べたところ、野村克也氏の著書は、共著を含めると150冊以上ありました。

作家も顔負けですが、他の著者が書いた本を含めれば「ノムラ本」はもっと多いはずです。

本書は、野村氏の番記者であった著者が、「ノムラ本」には登場しない、社会人チーム・シダックスの監督時代の姿を綴ったノンフィクション。

不本意ともいえる阪神の監督辞任から1年後の2002年、シダックスの志太会長に頼まれ監督に就任してから、楽天の監督としてプロ野球に復帰するまでの3年間を追いながら、野村氏の野球人生の大切な一ページが描かれています。

テスト生として南海に入団し、球史に残る名選手となり、監督としても手腕を発揮。

言うまでもなく、野村氏は日本のプロ野球界を代表する人物ですが、私自身は「ID野球」と「ぼやき」の印象しかなく、シダックスの監督を務めたことも、本書で思い出したくらいです。

ところが、監督就任で野球への思いに火がつき、シダックスを日本一にするために、砂埃が舞うグラウンドで熱心に指導する野村氏。

その一方で、説得力ある言葉や、厳しさの中に愛情を感じる人柄にふれて野村氏を慕うようになり、監督の胴上げを心に、練習に励み、座学で学び、試合に臨む選手たち。

その光景は、プロ野球で見ていた「野村監督」からは想像できないものでした。

しかも、決して偉ぶらず、選手・コーチと同じ目線で話をする。

トイレで一緒に用を足しながら、独り言を言うふりをして盗塁を失敗した選手に声をかける。

都市対抗野球の決勝戦で敗れたあと、自分の継投ミスを率直に認め、選手に詫びる…。

そんな野村氏の姿は、私のイメージを見事に打ち砕き、懐の深さと、心の機微を察する優しさが強く心に残りました。

野村氏の魅力は、自身の生い立ちと経歴に関係しているのかもしれませんが、著者もその魅力に引き込まれた一人に違いありません。

本書では「選手を育てる上で一番大切なのは愛だ。愛なくして人は育たない」という野村氏の言葉が紹介されています。

シダックス時代の3年間は、まさに欲を捨て、愛情とともに選手を鍛えたはずで、野球の楽しさと、教える喜びを実感したことでしょう。

だからこそ、野村氏の口から「あの頃が一番楽しかった」という言葉が出てきたのだと思います。

シダックスの送別会で、野村氏は挨拶の途中、志太会長に恩返しできなかった悔いからか、突然しゃくり上げ、人目も憚らず涙したそうです。

知将らしからぬ姿が目に浮かび、胸が熱くなりました。

『命のクルーズ』を読みました。

読書ノート2022年No.15は、『命のクルーズ』(著 高梨ゆき子/講談社/初版2022年3月31日/装幀 大久保伸子)

本書は、新型コロナウイルスの集団感染が起きた、大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の救援活動の実態を描いたノンフィクション。

読売新聞の編集委員である著者が、活動の中心であったDMAT(災害派遣医療チーム)の医師たち、医療関係者、クルーズ船の乗客・乗員を取材し、船の中で何が起き、救援活動がどのように進んだのか、その事実を明らかにしたものです。

ダイヤモンド・プリンセスの乗客の感染が初めて報じられたのは2020年2月。

その頃日本の感染者はまだわずかで、集団感染といってもどこか他人事のように見ていた記憶があります。

しかも、神戸大学の岩田教授が投稿した「告発動画」がきっかけで救援活動に対する批判が高まってからは、詳しい事情も知らないくせに、自分も同じような気持ちになっていました。

ところが本書によれば、DMATは、自然災害の被災地域で活動するボランティアの医師たちであり、そもそも集団感染の起きた現場で仕事をするのは筋違いであったこと。

当初の目的は、あくまで船外での「患者の搬送」であったのが、感染拡大で船内での救援活動に従事せざるを得なくなったこと。

未知のウィルスに対する不安と葛藤、勤務先の病院との軋轢を抱えながらも、乗客と乗員の窮状を救うために、混乱を極める船内で献身的な活動を繰り広げたこと。

DMATなくして救援活動は立ち行かず、自身の使命を胸に、懸命に取り組む医師たちの姿を本書で目の当たりにして、頭を下げるしかありませんでした。

ところでこの救援活動は、「告発動画」の影響もあり、失敗したかのように思われがちです。

けれど、櫻井滋・岩手医科大学教授の話によれば、「検疫が始まる前に感染した人の検査が進んで、陽性が判明していく過程を、国民は見ていた」とのこと。

そうであれば決して失敗とは言えないはずですが、指摘された事実を知る人は限られている気がします。

DMATの一人は、「告発動画」のせいで救援活動に批判が高まる中、「なんで俺が、ワイドショーに非難されなきゃいけないんだ」と思ったそうです。

想像もつかない困難があったのに、それが考慮されることなく、謂れのないバッシングを受ける。

医師たちの胸中を察すると心が痛みましたが、私もバッシングをした側と似たり寄ったりだったはずで、それを思うと複雑な気持ちになってしまいます。

本書によれば、ボランティアを基本とする日本のDMATのやり方は、海外では“クレイジー”だそうです。

この先、新しいパンデミックがいつ起きないとも限らないだけに、この集団感染を教訓にして組織のあり方を検討し、次への備えを固めることは急務でしょう。

それは、この惨事で犠牲になった方々に対する責任でもあるはずです。

 

『ふんどしニッポン 下着をめぐる魂の風俗史』を読みました。

読書ノート2022年No.14は、『ふんどしニッポン 下着をめぐる魂の風俗史』(著 井上章一/朝日新書/初版2022年5月30日)

もう半世紀以上も昔のこと、私が小学生時代を過ごしたのは、新潟の小さな田舎町。

1年生のときの身体測定で、ほとんどの男児が「猿股」を履いているのを見て、母親に、私も「ブリーフ」ではなく、「猿股」にして欲しいとせがんだことを今でも覚えています。

自分だけ違うのが、よほど気になったのでしょうが、その後どうなったのかすっかり忘れてしまいました。

本書は、国際日本文化研究センタ-所長の井上先生が、「ふんどし」をテーマに近代日本の風俗を紹介するもの。

井上先生には、女性の下着にまつわる『パンツが見える』という著書がありますが、本書では水着と下着を取り上げて、150点を超える写真・図版を紹介しながら「褌の盛衰」を追うとともに、褌と日本の精神文化との関係も考察しています。

本書によれば、近代日本の衣生活が和装から洋装に推移していく中で、男性の上着は洋装化が進むものの、女性たちの上着は和装が中心。

けれど泳ぐときには、女性は早くから洋装のスイムウエアを着用する一方、男性は1950年代の前半くらいまでは、褌が当たり前。

女性にズロースが広がり、時を経て男性の下着も次第に猿股が目につくようになっても、軍隊では褌こそ「大和魂」のやどる衣装で、猿股などもってのほか。

20世紀後半になり、女性の目もあって、褌は水着としても使われなくなり、存在が危うくなるものの、その“希少性”から、神事や祭礼での威光は増すことに。

とにかく興味深い話の連続で、井上先生の深い洞察には感心するばかりでしたが、珍しい写真・図版にも目を奪われ、世相の移り変わりを実感することになりました。

昭和初期の男女別プールを写した写真。ベルリンオリンピックの水泳会場で撮影された、褌ひとつで練習する選手の姿。1955年の日米対抗水泳大会で撮影された、褌姿で旗手を務める選手の姿…。

軍隊の写真は別として、褌に着目すると、どれも「隔世の感」という言葉がぴったりです。

ところで井上先生によると、褌は環太平洋地域の衣装であり、褌をしめる文化は東洋ではなく、南洋の裸族と通じ合っているそうです。

褌姿は日本男児の象徴のように言われることがありますが、都市伝説のようなものかもしれません。