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『戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』を読みました

戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇

2017年72冊目の読了は、『戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』(堀川惠子/講談社 初版2017年7月6日)です。新聞広告で本書のことを知り、手にとりました。堀川さんの著書を読んだのは『教誨師』(講談社)以来です。

本書は、演出家の八田元夫(1903-1976)の生涯を軸に、大正から昭和にかけての演劇界(新劇)の歩み、弾圧と戦争の時代における演劇人たちの様々な人間模様、そして広島で被爆した移動劇団「桜隊」の悲劇を、八田の遺品や多くの資料・文献などもとに描いたものです。著者の堀川さんは、「桜隊」の取材を足掛け14年に渡り重ねてきて、本書はその中で生まれたそうです。

私自身は、「桜隊」のことは少しだけ知っていましたが、演劇界に詳しいわけでも関心が高いというわけでもありません。八田元夫のことも、本書で初めて知ったくらいです。しかし、堀川さんの丹念な取材・調査をもとに進む「桜隊」の悲劇につながっていく物語に、心は強くひきつけられ、とても読み応えがありました。

治安維持法による拷問・弾圧、検閲による作品の無残な改変、それに抗うこともできない自分との葛藤。過酷な状況は痛々しいものがありますが、そんな暗く重い時代でも演劇を愛し、演劇とともに生きていこうとする演劇人たちの姿には心が打たれました。けれど、その思いを知るほど、物語終盤の「桜隊」の悲しみが一層深いものとなって心を覆います。読むのもつらくなるほどの広島の惨状の中で、劇団員を必死に探しまわり、そして役者・丸山定夫の最期を見届けることになった八田の姿は胸に迫るものがありました。

堀川さんはあとがきで、夢と希望に満ち溢れているはずの演劇界が、イデオロギーや国家によって蹂躙された時代に生まれついてしまった演劇人たちの無念さを語っています。今日、「表現の自由」は当然のように考えられていて、その重みに思いを致すことはほとんどありません。しかし、本当はとても脆いものであり、私たちにはそれを守っていく努力が求められるのだと思います。演劇人たちの無念の思いを決して忘れてはならない、そしてあのような時代には二度としてはならない、本書を読んで強く思いました。

読後感(とてもよかった)