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『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』を読みました

ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活

2018年75冊目の読了は、『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(著 國友公司/彩図社 初版平成30年10月23日)です。書店で目にして手に取りました。

「ドヤ」は日雇い労働者が寝泊まりする簡易宿泊所のことで、「宿(ヤド)」が転じて出来た言葉だそうです。私の場合「ドヤ」というと、フォークの神様と言われた岡林信康さんが作った『山谷ブルース』が頭に浮かんできます。

「ドヤ街」はその簡易宿泊所が集中している街であり、東京の山谷、横浜の寿町、そして本書の舞台である大阪・西成のあいりん地区が有名です。ただし多くの人にとっては気軽に足を運ぶというところではなく、私も行ったことはありません。

本書は、筑波大学を7年かけて卒業した後、自身の思いとは違いフリーライターになってしまった著者が、本書の版元(彩図社)の編集長に促されてあいりん地区に出向き、ドヤ街で78日間生活したときの体験をまとめたルポルタージュです。

著者は、まず建設会社の飯場に住んで作業員として解体現場で仕事をし、次に生活保護申請の候補者を見つけてくる“ヒットマン”として貧困ビジネスの片棒を担ぎ、そして西成では“四つ星級”のドヤ「南海ホテル」(ここは英国人女性を殺して逃亡生活をしていた市橋達也が潜んでいたことがあるそうです)の従業員として働き、西成の住人たちと交流しながら西成を奥深く探索します。

覚醒剤経験者、元ヤクザ、前科者など住人の多くは“わけあり”。警察も頭を抱えるほどはびこる貧困ビジネス。怪しいDVDや期限切れのコンビニ弁当、さらには病院で処方された薬まで並んでいる“闇市”。常に身近にある覚醒剤(著者は「住人たちはリポビタンDであるかのように捉えている」と言っています)。描かれているのは、まさに異次元の世界で、「できれば近づきたくない」という気持ちになるのは、仕方ないところがあります。

もっとも、本書を読む限り、西成のすべてが殺伐としているというわけではありません。過去はいろいろあっても、日雇い労働者の多くはそれなりに真面目に仕事をしていて、お酒を飲み、ギャンブルに興じる姿は、どこにでもいる普通のおじさんと同じです。

また、著者の人柄のせいかもしれませんが、「こんなところにいないで就職しろ」、「覚醒剤には絶対に手を出すな」と著者のことを何かと気にかけてくれる人もいて、漠然と描いているイメージとは何だか違った印象を受けます。

『山谷ブルース』には次の一節があります。

 人は山谷を 悪く言う
 だけど俺達 いなくなりゃ
 ビルも ビルも道路も出来ゃしねえ
 誰も解っちゃ くれねえか

西成の日雇い労働者の仕事は、きつく、危険ですが、誰かがやらなければならないもの。労働者は、元請けから、下請け、孫請けを通り、さらに下流に流れてきたかもしれない仕事を受けとめる最後の砦のようですが、それに気づく人は多くありません。この歌にこめられた意地と悔しさ、そして諦めは、西成にもありそうです。

怖いもの見たさのようなところもあって手にした本ですが、読み終えて、何か複雑なものを感じました。

読後感(考えさせられた)