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『硫黄島 国策に翻弄された130年』を読みました

硫黄島-国策に翻弄された130年 (中公新書)

2019年8冊目の読書レポートは、『硫黄島 国策に翻弄された130年』(著 石原 俊/中公新書 初版2019年1月25日)です。書店で目にして手に取りました。

「硫黄島」から思い起こされるのは、やはり太平洋戦争での日米の激戦であり、指揮官の栗林忠道中将のこと。梯久美子氏の著書『散るぞ悲しき』や本書にも登場する秋草鶴次氏の著書『十七歳の硫黄島』、クリント・イーストウッド監督の映画『硫黄島からの手紙』は今でも忘れがたいものです。

本書は、社会学者で歴史社会学を専門とする著者が、そんな「戦争の硫黄島」ではなく、硫黄列島(硫黄島・北硫黄島・南硫黄島)に生きた「島民」に視点をあて、19世紀末から現在に至る硫黄列島の激動と苦難の歴史を描き、そこから日本とアジア太平洋世界の近現代史について考察するもの。

著者自身が行った取材や島民へのインタビューを軸に、1891年の領有宣言後、硫黄列島が農業入植地として発展していく歩み、小作人として働く島民の生活、戦況悪化にともなう強制疎開と軍務動員の実態、島民を巻き込んだ硫黄島地上戦の様相、敗戦後の島民たちの苦しい「難民生活」、そして自衛隊基地化による故郷喪失の問題が明らかにされています。

サトウキビに始まり、コカ、レモングラス、デリスといった希少作物や蔬菜・果実の栽培が盛んに行われた。硫黄島だけでも1000人を超える人が暮らし、小学校もちゃんとあった。小作人として働く島民に対する搾取はあったものの食糧は自給でき、衣料や住宅にコストはかからず、暮らしはそれほど不自由ではなかった。

米軍の侵攻で多くの島民が強制疎開の対象となり、わずかな手荷物以外ほぼすべての財産を失った。そして残った者は軍務に動員され、たくさんの島民が地上戦で犠牲になった(硫黄島残留者103人のうち地上戦後まで生き残った島民は10名だそうです)。

終戦後帰島することは叶わず、戦後の農地改革の“恩恵”を受けるどころか「難民」となり、差別や偏見を受けながら戦前より苦しい生活を余儀なくされた。米軍の占領、自衛隊の基地化によって、戦後70年以上経った今も強制疎開は解除されず、慰霊や遺骨収集以外、立ち寄ることさえままならない。

とにかく、本書で初めて知ったことばかり。硫黄島に対するありきたりのイメージは見事に打ち砕かれ、タイトルのとおり、“国策に翻弄される”硫黄列島と島民の姿が強く心に焼きつきました。

国は、「火山現象」「就業機会の困難」といった理由をつけて、「軍事基地」になった硫黄島への島民たちの帰島を拒み続けています。著者は、「日本政府は、硫黄島列島の一世が全員この世からいなくなるのを待つ方針、言い換えると硫黄列島の生活の記憶が消滅するのを待つ方針であるといっても不適切ではない」と厳しく指摘。

島を追い出され、平穏な生活が無理やり奪われたどころか、そんなことがあった事実まで消し去られようとしている。望郷の思いを持ちながら、国の方針に従わざるを得ない島民たちの無念さは想像に難くありません。

戦後、日本は焦土からの復興を成し遂げ、繁栄と平和を謳歌しています。しかしその陰で、終わることのない戦後を生きている人がいる。苦く重い現実を思い知らされました。