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『本能寺の変』を読みました

本能寺の変 (講談社学術文庫)

2019年34冊目の読書レポートは、『本能寺の変』(著 藤田達生/講談社学術文庫 初版2019年6月10日)。新聞広告で知り、買い求めました。

本書の原本は、2003年に講談社現代新書として刊行された『謎とき本能寺の変』。本書は、その後発見された資料などをもとにした著者の論考を「補章」として新たに加え、増補版として出版されたものです。

「本能寺の変」というと、豊臣秀吉の援軍として出陣した明智光秀が、突然「敵は本能寺にあり」と叫び、織田信長の襲撃に向かうシーンや、織田信長が「是非に及ばず」と言い放ち、奮戦むなしく自害するシーンがすぐに頭に浮かんできます。いつのまにか脳裏に刻みこまれているようです。

ところが、光秀が謀反を起こした理由は、学問的にはそれほど重要ではないとのこと。そのためあまり深く研究されることはなく、結果として専門家でない人も参入して、「光秀怨恨説」、「光秀野望説」、「黒幕説」などいくつもの説が唱えられてきたそうです。

本書では、歴史研究者で大学教授の著者が、様々な資料・文献をもとに、室町幕府第15代将軍の足利義昭が事件のキーマンであったことや、事件の本質は、「改革派」と「守旧派」のせめぎ合いであったことを示しながら、謀反の謎に迫っていきます。

事件が起きた当時においても、義昭の力は思いのほか強く、また朝廷の権威は特別なものであったこと、織田政権内での世代交代の波が政権中枢にいた老臣たちに迫っていたこと、四国の長宗我部元親、三好康長と織田側の関係の変化が光秀の立場を危うくしたことなど、本書で初めて知ったことはたくさんあり、興味深く読みました。

とりわけ、「本能寺の変」は、“生き残り”をキーワードにした「信長vs義昭」、「光秀vs秀吉」、「元親vs康長」の三層構造。元親-光秀-義昭の結びつきがクーデターを実現させたという著者の指摘には「なるほど」と思わせるものがありました。

もっとも、義昭が主導したにせよ、光秀の独断にせよ、何の目算もなく謀反を起こすことは考えにくいものがあります。

著者の指摘のように、秀吉の中国大返しは光秀陣営にとっては思いもよらぬもの。これで、叛乱軍の目算は狂い、光秀(もしかしたら義昭も)の夢は潰えるわけですが、紙一重で“ワンチャンス”をものにした秀吉の運と力に脱帽といったところです。

著者は、秀吉の情報収集能力の高さが秀吉側を有利にしたと述べていて、「もしかしたら秀吉は何かが起きることを感づいていた」とさえ思えてきます。そうだとしたら、「本能寺の変の謎」はもっと深まりそうですが、さすがに飛躍しすぎかもしれません。

来年のNHKの大河ドラマは、光秀を主人公にした『麒麟がくる』。「反逆者」というイメージついてまわる光秀がどのように描かれるのか、興味津々です。