えむと、メモランダム

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『ナガサキ 核戦争後の人生』を読みました

ナガサキ

2019年51冊目の読書レポートは、『ナガサキ 核戦争後の人生』(著 スーザン・サザード 訳 宇治川康江/みすず書房 初版2019年7月1日)。8月に新聞書評で知って買い求めましたが、読み終えるまで時間がかかりました。

著者は日本に留学経験もあるアメリカのノンフィクション作家です。本書を執筆するきっかけになったのは、本書に登場する長崎の被爆者、谷口稜曄(すみてる)さんがアメリカで講演した際に、通訳を務めたこと。

谷口さんの話を聞いた著者は、自身を含めアメリカ人が、原爆の被害や被爆者について何も知らないことに疑問を抱き、原爆が民間人におよぼした影響と、被爆者の体験を理解したいという思いに駆られます。

そのため幾度となく長崎を訪ねて、被爆者をはじめ様々な人々を取材。また膨大な資料・文献を調査して、12年の歳月をかけて本書を書き上げ、谷口さんを含め当時10代だった5人の若者たちの‟ナガサキ”での被爆体験と、その後の人生の歩みを軸に、核兵器がもたらす“破滅的影響”について明らかにしています。

本書でまず知ることになるのは、原爆投下直後の凄惨な状況。戦時下とはいえ、普通に暮らしていた人たちが一瞬のうちに命を奪われ、無慈悲なほどに体を痛めつけられる。

被災直後のむごい有様は、これまでも書物で読み、話に聞いていましたが、核兵器の恐ろしさが改めて胸に迫ってきました。

そんな状況の中で、5人の若者たちは奇跡的に命を拾いますが、待ち受けていたのは苦難に満ちた日々。

火傷や原爆症に苦しみ、後遺症を恐れ、死を意識する。同じ長崎の人からさえも差別を受け、偏見のまなざしを浴びる。弟妹の死が自責の念を生み、わだかまりが生まれる。被爆者であることを隠して生活を営む…。

もしかしたら、生き残ったのは喜びどころか、苦痛でしかないと思ったときもあったかもしれません。

5人は、やがて語り部となって被爆体験を語るようになりますが、そこに至るまでの道のりは、被爆者を取り巻く厳しい現実を映し出しています。

これまで、原爆に見舞われたことだけが被爆体験だと何気なく思っていました。しかし本書を読んで、「被爆者の人生そのものが被爆体験なのだ」という当たり前のことに、今さらながら気づくことになりました。

被爆者に寄り添った本書の内容は、「原爆によって戦争が早く終わり、犠牲者を減らすことができた」が‟定説”になっているアメリカ国内に議論を呼び起こしたそうです。

原爆の実態が隠されてきたことの現れかもしれませんが、それは日本も同じこと。広島、長崎の人たちは別として、世界で唯一の戦争被爆国でありながら、日本人が(もちろん私もそうですが)原爆の被害や被爆者のことをどれだけ知っているか。それはとても心もとないものです。

せっかくの労作。5人をはじめ被爆者の思いを消さないためにも、日本人こそ読むべき本だと思いました。