えむと、メモランダム

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『孤塁 双葉郡消防士たちの3・11』を読みました。

孤塁 双葉郡消防士たちの3.11

2020年7冊目の読書レポートは『孤塁 双葉郡消防士たちの3・11』(著 吉田千亜/岩波書店/初版2020年1月29日)。書店で目にして、手に取りました。

東日本大震災から間もなく9年。時間とともに記憶は薄れていきますが、3月11日が近づくと、あのときのことが改めて思い起されてきます。

本書は、大地震発生直後から繰り広げられた、福島原発の地元「福島県双葉消防本部」の消防士たちの活動を、66名の消防士の証言をもとに綴ったノンフィクション。

未曾有の災害と、考えてもいなかった原発事故を前に、命がけで職務を全うした消防士たちの姿が、著者の丹念な取材を通して克明に描かれています。

混乱が続く被災現場と相次ぐ救助要請、けれど届かない情報と不足する装備や食料。仕事の使命感・責任感と、自分の命や家族への思いから生まれる強い葛藤。次第に襲ってくる孤独感と絶望感、そして目に見えない放射能の恐怖。

状況は過酷を極めていますが、それにもかかわらず、不眠不休で、一人でも多くの人助けようと奮闘する消防士たちに、胸は熱くなり、頭が下がるばかりでした。

もっとも、屈強な消防士も一人の人間。

16時間にも及ぶ救急搬送後、上司から労いの言葉をかけられ思わず涙する。原子炉の冷却要請の話に、吐き気をもよおし、その場に倒れる。人知れず妻や友人あての遺書を携帯メールに打ち込み、いざというときに備える。原発に向かう同僚隊員の装備を、涙しながら手伝う…。

張り詰めた現場だけに、その様子は切なく、言葉を失います。

そして、消防士であるために、家族より他人を優先しなければならないジレンマと、それを受け入れなければならない家族の心情も、胸にしみるものです。

慌ただしい避難の痕跡を見て、自分が導き、守ることができなかった家族の恐怖や苦労を察し、声をあげて泣く消防士。

消防士の父親を前に、自分の気持ちを抑え、幼い弟を諭しながら気丈にふるまう兄。

息子のため実家に残した一個の牛丼、その牛丼に貼られた付箋に書いてあった父親の「頑張れ」の文字、そしてその牛丼を泣きながら食べる消防士。

家族の間で行き交う深い思いにふれ、目頭が熱くなってきました。

ところで、原発事故の際、自衛隊のヘリコプターと東京消防庁のハイパーレスキュー隊の活動は大々的に報道されました。

けれど、双葉消防本部の活動が報道されることはなく(私も本書で初めて知りました)、消防士の中には、つらい思いをした人もいたようです。

もちろん、自衛隊も、ハイパーレスキュー隊も、大変な思いで出動したのでしょうし、地震発生直後から、各地の被災現場では、同じように懸命な活動が行われたことは間違いありません。

けれど、放射能の恐怖を肌で感じながら地元を守ろうとしたのは、この双葉消防本部の消防士たちだけ。

決して英雄視するものではありませんが、本書によって明らかになった彼らの苦闘は、これからの教訓となるだけでなく、原発のあり方を考えるうえでも、大きな意味を持つはずです。

本書が、多くの人によって読み継がれることを願って止みません。