2021年2冊目の読書レポートは『JR上野駅公園口』(著 柳美里/河出書房新社/装幀 鈴木成一デザイン室/初版2014年3月30日)。
本書が、アメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞(翻訳文学部門)」を受賞したということで、遅ればせながら手に取りました。
重版の出来を待って本書を購入したのは、紀伊国屋書店の新宿本店。レジでサイン本に交換してくれたのですが、見返しに落款付きの立派なサインがあり、びっくりしました。ちなみに、「時は過ぎない」は小説に登場する言葉です。
この作品で描かれているのは、昭和天皇と同じ年、同じ日に、福島県八沢村(現・南相馬市)で生まれた男の物語。
生活は決して楽ではなく、64年の東京五輪の前年に出稼ぎで上京。その後も家族を養うため、二十年余り、出稼ぎを続けます。
ところが、一人息子が21才で急逝。やがて妻にも先立たれることに。
時が過ぎても、悲しみや苦しみが消えることはなく、人生を生きることが怖くなった男は、再び上野に戻ってホームレスとなり、そして「運がなかった」とつぶやき、「死」に引き寄せられていきます…。
豊かさから見放された暮らし。かけがえのない肉親との突然の離別。
隔絶・排除され過酷な生活を強いられるホームレスたち。
その一方、別の世界では、何事も起きていないかのように過ぎていく日常。
人生や社会の不条理が突きつけられ、男の救いようのない孤独感や絶望感に、胸が締めつけられる思いがしました。
ところで、本書を読みかけてすぐに思い出したのが、もう20年ほど前に、子供を連れて上野の国立科学博物館に行ったときのこと。
思いがけず目にした、たくさんのブルーシートは今でも忘れられません。けれど、それが何を意味するのか、当時は深く考えることもありませんでした。
全米図書賞のホームページで本書は、「日本の近代化で多数の人が社会の片隅に追いやられ、無視されてきたことを読者は知ることになる」と紹介されたそうです。
その通り、読み終えて、ブルーシートの奥にある社会の姿が浮かび上がり、闇の深さを今更ながら思い知らされました。
柳さんは記者会見で、「この本は決して明るい内容ではありません。(それでもこの作品が多くの人に届いているのは)今、誰しもが苦境に立たされ『希望のレンズ』を失い、この本に描かれた『絶望のレンズ』とピントが合ったからではないでしょうか」と語ったとのこと。
誰もが『希望のレンズ』を手にする日が、一刻も早く来てほしいものです。
余談になりますが、本書を読んで作品の舞台をどうしても見たくなり、先日上野公園を訪れました。
最寄りの上野駅公園口は、去年3月に移設されたのですが、コロナもあって、移設後に訪れたのはこの日が初めて。
駅舎は新しくなり、道もロータリーとなって整備されていたのですが、本書を読んだ後だったからか、きれいさっぱりした風景は、何かしっくりきませんでした。