えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『清六の戦争 ある従軍記者の軌跡』を読みました。

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2021年27冊目の読書レポートは『清六の戦争 ある従軍記者の軌跡』(著 伊藤絵里子/毎日新聞出版/装丁 宮川和夫 装画 佐々木悟郎 初版2021年6月20日)。書評で知り、手に取りました。

本書は、昨年夏に、毎日新聞に連載された『記者・清六の戦争』を書籍化したもの。

毎日新聞の記者である著者が、自身の親族(曽祖父の弟)で、東京日日新聞(現・毎日新聞)の記者として戦地に赴いた「伊藤清六」の足跡をたどったルポルタージュです。

本書によれば、伊藤清六は、岩手の貧しい農家に生まれ、苦学の末、宇都宮高等農林学校を卒業。

その後東京日日新聞に入社し、農政記者として活動していたところ、日中戦争が始まると上海戦線に特派員として派遣され、南京攻略にも従軍しました。

そして1944年春、フィリッピンの現地新聞社に取材部長として出向しますが、戦局の悪化でマニラを脱出。

日本軍の立てこもる壕に逃れ、極限状態のなかで3か月以上にわたり、ガリ版刷りの陣中新聞『神州毎日』を100号近くまで発行します。

しかし、アメリカ軍の攻撃に耐えきれず部隊は敗走。清六も多くの仲間とともに異国の山中をさまよい、38歳の若さで餓死してしまいました。

著者は、清六の生家に残されていた文書や、様々な文献・資料を丹念に調べ、さらに南京やマニラにも取材し、清六の心情に思いを馳せながらその姿を描写。

また、新聞記事や関係者の証言などから、清六の人生を翻弄することにもなる、戦争と新聞の抜き差しならない関係も明らかにしています。

著者の心にあるのは、戦時中“軍の応援団”になり果てた新聞社・新聞記者に対する憤りと、「自分だったらどうしたのか」という深い葛藤。

また、清六が書いた記事の内容や言動も気にかけていますが、その揺れ動く心境は、新聞記者という職業でなくても、よく理解できるものです。

確かに、新聞が戦争に加担したのは紛れもない事実ですが、軍のやり方や、新聞の報じ方に疑問を持ち、憤慨した記者も多くいたでしょうし、清六もその一人だったかもしれません。

けれど戦争中に軍に逆らうなど到底できないこと。たとえ清六が戦争を煽った記事を書いたとしても、本人を責めるのは酷な気がします。

「神州毎日」は、無線機で受信した外電ニュースも正確に報じ、兵士の随筆や俳句、川柳を掲載。さらに恋愛時代小説まで連載し、兵士の間で、むさぼるように読まれたそうです。

たとえガリ版刷りでも、誰にも束縛されずに記事を書くのは、清六にとって喜びであり、記者としての自負を実感させるものだったでしょう。

それを思うと、悲惨な最期に一層胸が痛み、今更ながら、戦争の恐ろしさをひしひしと感じます。

「同じ轍を踏まない」。肝に銘ずるのは、これしかありません。