えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『法医学者の使命 「人の死を生かす」ために』を読みました。

法医学者の使命 「人の死を生かす」ために (岩波新書 新赤版 1890)

2021年29冊目の読書レポートは『法医学者の使命 「人の死を生かす」ために』(著 𠮷田謙一/岩波新書/初版2021年8月20日)。書店で目にして、手に取りました。

本書は、法医学者で東京大学名誉教授、さらに大阪府監査医務監も務める著者が、実際に起きた「異状死」の事例をもとに、死因究明の進め方と日本の刑事司法のあり方について、問題提起するもの。

まず日本の死因究明制度について説明した後、突然死の例を取り上げて、その発生要因と診断・鑑定の判断基準などを解説。

さらに、医療裁判における法的判断至上主義や、2015年から始まった「医療事故調査制度」について言及したうえで、異状死から生まれる冤罪の危険性を訴え、冤罪を防止する道を探っていきます。

本書によれば、突然死の原因はさまざま。また心臓突然死ひとつとっても、心疾患、ストレス、薬物、不整脈、身体拘束、過重労働など、その誘因は単純ではありません。

胃カメラによる咽頭刺激が心停止を誘発するという話には驚きましたが、いずれにしても、専門的な深い知識と確かな目がないと、正しい判断が下せないことがわかります。

ところが、本書で明らかにされているのは、専門家の知見が生かされない日本の刑事司法の驚くべき実態です。

異状死が起きた場合、警察や検察は、医療や法医学の知識が乏しいにもかかわらず、少しでも“怪しい”と感じたら、客観的な事実ではなく、自分たちの“見立て”に沿って捜査を進め、事故ではなく事件として立件。

また裁判では、その“見立て”や供述、判例が重視されやすく、裁判官の心証で判決が下される。

これでは著者でなくても、「これからも冤罪が起きてしまう」と危惧してしまいます。

本書では、滋賀県で起きた「湖東記念病院事件」のことが取り上げられていますが、普通の病死が殺人事件となり、看護助手が犯人に仕立てられて12年もの間服役するなど、あってはならないことです。

司法のあり方を変えるのは簡単ではないでしょうが、それでもこの冤罪事件を教訓として、警察や検察の“見立て”ではなく、専門家が究明した“事実”を出発点にするよう、裁判の進め方を見直してほしいと心底思いました。

ところで、「湖東記念病院事件」は、再審で無罪が確定しているにもかかわらず、その国家賠償裁判において、滋賀県警が無罪を否定する準備書面を提出していたことが明らかになり、先日、県警本部長が謝罪する事態となりました。

けれど謝罪の内容は、「表現が不十分だった」ということであり、「誤り」だったと認めたわけではありません。

いくら裁判中とはいえ、その主張には驚くばかりですが、これでは第2、第3の「湖東記念病院事件」が起きることは避けられないと思わざるを得ませんでした。