えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『暁の宇品 陸軍船舶司令官のヒロシマ』を読みました。

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2021年32冊目の読書レポートは『暁の宇品 陸軍船舶司令官のヒロシマ』(著 堀川惠子/講談社/装幀 岡 孝治/初版2021年7月5日)。

堀川さんの作品を手にしたのは、4年前に読んだ『戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』(講談社)以来。

これまでと同様、膨大な文献の調査と綿密な取材をもとにした「読ませる」文章で、引き込まれました。

本書は、広島市・宇品に置かれ、兵士や物資の輸送と兵站を担った「陸軍船舶司令部」と、司令部を率いた軍人たちに光をあてたノンフィクション。

陸軍の船舶輸送の近代化に尽力し、“船舶の神”とまで言われた田尻昌次司令官の足跡、太平洋戦争下の船舶輸送の実態と変容、そして佐伯文郎司令官の指揮のもと行われた原爆被災地の救援活動の話を軸に、知られざる歴史の一面と戦争の悲劇が、ありありと描かれています。

民間の船で行われた輸送は陸軍の仕事であったこと、輸送基地が広島にあったこと、そのために広島が原爆投下の候補地になったことは、本書で初めて知り、登場する軍人たち の名前も初めて知りました。

非藩閥士官の不遇を乗り越え、努力して船舶輸送の第一人者となったものの、軍人人生をかけた「意見具申」がきっかで罷免させられた田尻。

民間船員の保障や輸送船の保安(防御強化)を上層部に働きかけ、原爆投下直後の広島では、関東大震災の経験を生かして救援活動の陣頭指揮をとり、終戦後はB級戦犯として収監された佐伯。

二人の働きは、名前の知られた将官たちのように華々しいものではありませんが、自らの信念のもと職務を遂行する姿は印象的で、「こんな人がいたんだ」という思いが沸き上がってきます。

けれど、本書を読んで何より心に焼き付いたのは、輸送や兵站を軽視し、辻褄合わせのデータを作り、民間人の命や負担を考えることなく戦争に突入した陸軍中枢の「いい加減」さでした。

堀川さんは、『圧倒的な船腹不足を証明する科学的データは排除され、脚色され、捻じ曲げられた。あらゆる疑問は保身のための沈黙の中で「ナントカナル」と封じられた』と断じていますが、いくら精神主義がまかり通っていたとはいえ、とても信じられません。

参謀たちが“安全な場所”で立てた“一か八かの作戦”の結果、満足な護衛もないまま「特攻輸送」を強いられ、丸腰の民間船は次々に海に沈み、補給物資が届かない戦地では、数多くの兵士が飢え死にする。

これほど理不尽なことはなく、胸が痛むどころか、憤りさえ覚えます。

本書によると、太平洋戦争中に命を落とした船員は6万人あまり。数の多さに驚きますが、戦死者の比率は、陸軍20%、海軍16%に対し、船員は43%で、悲惨としか言いようがありません。

その死を無駄にしないのは、同じ過ちを繰り返さないことに尽きるでしょう。本書で明らかにされた事実を決して忘れ去ってはならないと、強く思いました。