えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『ソ連兵へ差し出された娘たち』を読みました。

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読後ノート2022年No.8は、『ソ連兵へ差し出された娘たち』(著者 平井美帆/集英社/初版2022年1月30日/ブックデザイン 鈴木成一デザイン室)

2021年第19回開高健ノンフィクション賞受賞作品です。

本書は、1945年8月、日本の敗戦により、旧満州に取り残された岐阜県の満州開拓団「黒川開拓団」で起きた、過酷な性暴力の実態に迫ったもの。

戦後“タブー”として封印され、歴史に埋もれかけていた悲劇が、当事者の証言と著者の丹念な取材によって明らかにされています。

敗戦の混乱のなか、現地暴民の襲撃やソ連兵の略奪・“女漁り”から開拓団を守るため、団の幹部は、数え年18歳以上の未婚の娘十五、六名を選んでソ連兵に差し出し、性的な「接待」させることに。

「団の命を救ってくれ」という幹部の意向と、団に広がる無言の圧力に逆らうこともできず、娘たちは絶望感を抱いたまま、泣く泣くソ連兵の犠牲になっていきます。

いくら生きるか死ぬかの瀬戸際だったとしても、それはあまりに理不尽で、人間の尊厳を踏みにじる残酷な仕打ち。

しかも、身代わりになって開拓団を守ったにもかかわらず、満州からの引き上げ後は、謝罪の言葉をかけられるどころか、陰口を叩かれ、好奇の目で見られる始末。

娘たちの苦しさ、辛さ、口惜しさは、想像を絶しますが、犠牲となった「うらみ」を押し殺し、心に傷を負ったまま生きてきた人生を思うと、胸の痛みは増すばかりです。

ただ著者は、この悲惨な出来事を「戦争の悲劇」で片づけるつもりはなく、その奥にある、今も続く性差別や、馴れ合いで成り立つ男社会に厳しい目を向けています。

「日本の敗戦によって、男たちのエゴイズム、欺瞞、狡さ、弱さをまざまざと見せつけられた」と、犠牲になった女性の思いを代弁。

「あらゆる決めごとを一方の性だけで行ってきたこの国は、自省をこめて戦後を歩んできたのだろうか」と、声をあげています。

本書に登場する女性たちの苦難は、男たちが生み出し、男たちが押しつけたもの。著者の言葉は、男性にとって厳しいものですが、重い事実から逃れることはできません。

黒川開拓団の史実は、著者によって明らかにされました。けれど満州移民に限らず、戦中・戦後を通して、うやむやにされたり、美談に仕立て直されたりした、「悲話」は数多くあったでしょう。

しかしそれでは、犠牲になった人たちの無念はいつまで経っても晴れません。

同じ過ちを繰り返さないためにも、どんな戦争被害に対しても、しっかり向き合うこと、戦争被害を風化させないことが、今生きている者の責任であるはずです。