えむと、メモランダム

読んだ本と出来事あれこれ

『靖国神社の緑の隊長』を読みました。

靖国神社の緑の隊長

2020年26冊目の読書レポートは『靖国神社の緑の隊長』(著 半藤一利/幻冬舎/初版2020年7月10日)。書店で目にして手に取りました。

今年は、終戦から75年目。戦争の時代を生きた人は少なくなるばかりで、戦争の惨禍を語り継ぐことの大切さを耳にすることが多くなりました。

本書は、半藤先生が編集者時代に執筆した日本軍将校や兵士の人物伝から、次の世代にどうしても語り継ぎたい8篇(8人)を選び、収録した一冊。

綴られているのは、過酷・悲惨な戦場での印象的なエピソードですが、戦争に詳しくない人でも理解できるよう、わかりやく書き直したそうです。

私にとっても、本書に登場する人物で名前を知っていたのは、 “友情のメダル”で有名な大江季雄さんと、『南の島に雪を降らせた男』の加藤徳之助(加藤大介)さんだけ。

敵の猛攻と飢えに苦しめられながら、17日間歩き続け、腹に巻いた軍旗を守り通した陸軍少尉。

乗艦していた軽巡洋艦が米軍の攻撃で沈没し、水も食糧も尽きたなかで27日間漂流を続けた水兵。

三度出撃したものの、整備不良のため三度引き返すことになり、最後はテスト飛行の最中に還らぬ人になった特攻隊員…。

初めて知った話は、どれも心に残るものでしたが、特に印象に残ったのは、一緒に戦った部下たちのために、自ら進んで戦犯収容所に入った今村均大将の話と、中国の戦地で植樹をして中国軍から感謝状をもらい、終戦後、靖国神社で育てた苗木で慰霊植樹を続けた“緑の隊長” 吉松喜三大佐の話。

戦争体験というと、辛く、悲しいものが多いなかで、心が少し救われる思いがしました。

半藤先生は、「日本がいつまでも平和でおだやかな国であることを、亡くなったひとたちに誓うこと」が、戦争犠牲者の追悼になると語っています。

そのためには、戦争体験者の話に耳を傾けたり、戦争の記録に触れたりして、何気ない日常を奪っていく戦争の恐ろしさや、戦場の酷さを知ることは、とても大切なはず。日本人の義務のようにも思えてきます。

戦争犠牲者からすると、戦争に無関心な日本人を見ることほど悲しいものはないかもしれない。

本書を読んで、そんなことが頭をよぎりました。

『証言 治安維持法 「検挙者10万人の記録」が明かす真実』を読みました

証言 治安維持法: 「検挙者10万人の記録」が明かす真実 (NHK出版新書)

2020年25冊目の読書レポートは『証言 治安維持法 「検挙者10万人の記録」が明かす真実』(著 NHK「ETV特集」取材班 監修 荻野富士夫/NHK出版新書/初版2019年11月10日)。

香港で「香港国家安全維持法」が施行され、“香港独立”という旗を持っていただけで逮捕されたり、民主派団体が解散に追込まれたりしています。

言論の自由はなくなり、どうやら中国政府の意向に反することは、何でも取り締まりの対象になりそうです。

そんな報道に接して頭に浮かんできたのが、「治安維持法」のこと。SNSで本書を知って、手に取りました。

本書は、一個人が作り続けている「治安維持法で検挙された人々のデータベース」を活用し、関係者の証言とともに治安維持法の実態に迫ったNHKのテレビ番組『ETV特集 自由はこうして奪われた~治安維持法10万人の記録~』を書籍化したもの。

まず、治安維持法が作られた背景や目的、成立の経緯を概説。
そして、初めての大規模検挙「三・一五事件」、長野県の小学校教員が多数検挙された「二・四事件」、司法当局が推し進めた転向政策、植民地(朝鮮)での運用、美術部の普通の学生が検挙された「生活図画教育事件」といった治安維持法によって引き起こされた出来事を取り上げ、当事者や遺族の証言を交えながら検証。

さらに戦前・戦中から戦後に連なる日本の治安体制について言及し、“治安維持法の真実”を明らかにしていきます。

治安維持法が生まれたのは、「米騒動」がきっかけでもあり、その前に国会に提出され廃案になった「過激法法案」が修正されたものであること。

当初は共産党を取り締まる法律だったはずが、法改正(1928年)で盛り込まれた「目的遂行罪」により、共産党員でない人にも適用され、裁判官は運用をチェックする機能を放棄したこと。

朝鮮をはじめとする植民地では、独立運動(植民地)を押さえつけるための手段として厳しく運用され、日本では一人もいなかった死刑判決が、朝鮮では約50人に下されていること。

共産党壊滅後、特高警察は組織温存のために新たな“テーマ”―思想弾圧により戦時体制を支える―を見つけ、法律適用の拡大を加速させていったこと。

終戦により治安維持法は廃止されたが、運用を担った思想検事は罷免されることなく通常の検察業務を行い、思想検察はやがて公安検察に引き継がれていったこと。

これまで、「治安維持法」といっても、蟹工船の小林多喜二のイメージくらいしか持ち合わせていませんでしたが、どんな法律で、どのように使われてきたのか、その全貌を簡潔に知ることができました。

それにしても、本書で明らかにされている取り調べの過酷さは、肉体的にも精神的にもまさに拷問であり、目を背けたくなります。掲載されている小林多喜二の遺体写真の酷さには、言葉もありませんでした。

当初政府は、「濫用はしない。裁判所が限定解釈するから心配は無用」と言っていたそうです。

ところが、まったく正反対の姿に変貌してしまい、言わば制御不能になっていくわけですが、同じようなことがこれから絶対に起きないとは、誰も断言できないでしょう。

法律、特に人権に関係する法律については、曖昧さがないか、拡大解釈される余地はないか、厳しい目を持つことが必要であり、決して無関心であってはならないと痛感しました。

ある検挙者が語った「法律や規則みたいなものは、場合によっては人間の自由を束縛する材料になる危険がある」という言葉が、強く心に残っています。

『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』を読みました

仕事本

2020年24冊目の読書レポートは『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』(編 左右社編集部/左右社/初版2020年6月30日)。発刊をSNSで知り、買い求めました。

突如出現した新型コロナウイルスにより、生活は激変しました。

5月25日に全国で緊急事態宣言が解除され、一息ついたのも束の間、このところ東京の感染者は連日200人超え。

国は「緊急事態宣言を再び発出する状況ではない」と言っていますが、気がかりな日が続いています。

本書は、その緊急事態宣言が出された4月7日から下旬まで、有名・無名の“働く人”77人が書いた日記をまとめたアンソロジー。

店員、サラリーマン、ごみ清掃員、タクシー運転手、ミュージシャン、女子プロレスラー、ホストクラブ経営者、葬儀社スタッフ、教師、漫画家、小説家、医師、学者、落語家、占星術師…。

様々な職業の人たちが、コロナに翻弄される中で湧き起こってくる真情を吐露し、立ちはだかる困難に戸惑いながらも、何とか乗り越えようとした日々を綴っています。

緊急事態宣言が出たのは三か月前。世間は緊張と不安の中にあり、怒りや憤りといった感情が現われることもありました。

書かれた日記にも、同じような思いが溢れているのですが、印象に残ったのは、それでも何とか自分の心を整え、仕事を全うしようとする姿と、他人のことを思いやる気持ち。

辛いときだからこそ、普段忘れがちなことが意識され、これまでと違う行動に踏み出せるのかもしれません。

日記を読み終え、“災い転じて福となす”の言葉を思い出しました。

ところで、日記ではたくさんの印象的なフレーズに出会います。

「怖いからと言ってごみの収集を止める訳にはいかないので、責任感の一点で回収を続ける。」(ごみ清掃員)

「SNS上やネットニュースのコメント欄にはコロナウイルスの恐怖によって行動の一つ一つに妙な監視が付いているような気がする。」(タクシー運転手)

「ばたばたと日常が閉じていく感覚にまいってしまいそうになるところを、私たちは“仕方ない”という言葉をおまじないのように口にしてなんとか立っている」(女子プロレスラー)

「引きこもれば引きこもるほど自己中心的になっていく感覚がある。頭に浮かぶのは、自分の不安ばかりだ」(ピアノ講師)

「時給で働くヘルパーも、おれのような常勤で働いている人間も、日々ギャンブルでもしてるみたい。」(介護士)

「失職や減給、そして感染におびえながらも補償がないために働くしかない人たちの叫びが響き渡るこのタイミングで動画を出してくる意図を、多く人々と同じく私も理解できなかった。」(漫画家)

「あたりまえと思っていることのほとんどが、誰かのおかげで成り立っていることをふだんからもっと意識しなくてはと反省する。」(小説家)

「まだ毎日電車に乗っている。命をかけた戦場に出かける気持ちになり怖い。命をかける仕事なのだろうかと、悩んでしまう。」(俳優)

「ウイルスは生物学的な身体領域を超えて、社会的な存在である人間のコミュニティに潜在する様々な問題をあぶり出していく。」(振付家)

「自分もギリギリのメンタルと体力で働いているからか、子どもたちと遊んでいて泣きそうになった。もう、どの子も限界です。そう声を出して言いたい。あと1日、みんなで頑張ろうね。」(保育士)

共感とともに、あの頃のことがしっかりと胸に刻まれていきます。