えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

2022年の読書

2022年に読んだ本は、単行本17冊、新書33冊、文庫3冊、選書4冊の全部で57冊。

多読を目標にしているわけありませんが、「読んだ」という実感には乏しい一年となってしまいました。

その理由はとにかく多忙だったことで、特に11月と12月は怒涛のように仕事が押し寄せ、ブログの更新もままならない有様。

読後ノートも20冊に留まってしまったので、来年は鉢巻きを締め直さなければなりません。

ちなみに、私の今年の三冊は、『命のクルーズ』(高梨ゆき子)、『砂まみれの名将』(加藤弘士)、そして『世界は五反田から始まった』(星野博美)。

いずれもノンフィクションの面白さを堪能した作品ですが、なかでも『世界は五反田から始まった』は、著者の視点と描き方が新鮮で、いつまでも心に残る一冊になりそうです。

今年もたくさんの方に記事をお読みいただきました。著者や編集者の方から反応があって、気持ちが盛り上がったこともしばしばありました。

来年も時間の許す限り本を読み、その魅力を伝えていきたいと思っています。

『国鉄―「日本最大の企業」の栄光と崩壊』を読みました。

読書ノート2022年No.20は、『国鉄―「日本最大の企業」の栄光と崩壊』(著 石井幸孝/中公新書/初版2022年8月25日)

今年は、日本の鉄道が開業してから150年。国鉄が民営化されてから35年。節目の年にあたります。

「JR」はいつのまにか耳に馴染み、「国鉄」(日本国有鉄道)は、すっかり懐かしい言葉になってしまいました。

本書は、1955年に国鉄に入社し、JR九州の初代社長を務めた著者が、国鉄の38年の歴史とともに、「国鉄問題」の本質と鉄道の未来を語ったもの。

様々なエピソードを交えて、国鉄の歩んできた道を振り返りながら、崩壊を招いた数々の問題を明らかにするとともに、JRのこれからと日本の鉄道のあり方について言及しています。

物心ついた頃から、国鉄の赤字は社会問題であり、記憶にはありませんが、国鉄民営化を疑問に思ったことは一度もなかったはずです。もっとも、当時、国鉄の実態も、莫大な赤字の理由も、詳しく知っていたわけではありません。

そのため、国鉄の誕生にはGHQが関与し、誕生のときから破綻の芽を抱えていたこと。

それでも、「勤勉な組織」のもと、戦後の混乱期から日本経済の成長を支えた「栄光の時代」があり、昭和38年度(1963年度)までは黒字経営であったこと。

ところが皮肉にも、経済成長によって国民が豊かになり、モータリゼーションも進んだために旅客・貨物ともシェアが低下。

やがて利用客離れ、運賃値上げ、サービスの低下の悪循環に陥り、生産性向上運動や合理化計画も功を奏せず、非効率な経営が常態化していったこと。

そこには、国鉄独特の組織風土・習慣・人事制度の問題や労使関係の悪化、職員の「親方日の丸」意識といった問題も横たわっていたこと…。

初めて知った国鉄の歴史と内実は興味深く、崩壊に至るプロセスと理由がよくわかりましたが、誕生のときから荷物を背負わされ、自分ではどうにもできないしがらみがあったとはいえ、お役所的体質を払拭し、よき「企業経営」がなされていれば、もしかしたら違った道もあったのかもしれません。

著者によれば、国鉄には中央集権、縦割りのセクショナリズム、前例主義、自己責任意識の欠如、不都合な事実の隠蔽という病理があったそうです。

それは国鉄だけでなく、今も、そしてどこにでもありそうな問題でもあり、昨今の企業不祥事が思い起こされました。

ところで著者は、鉄道網の重要性を説き、また新幹線を使った物流を提案しています。

「コンテナ新幹線」など思いもよらないもので、本当に実現すれば、日本の物流にインパクトを与えそうです。

もっとも、鉄道事業者としては、鉄道以外の事業分野をどうやって拡大するのか、今はそれで頭がいっぱいのような気がします。

 

NHK交響楽団「第1965回定期公演」

昨日(16日)、NHK交響楽団「第1965回定期公演(10月Aプログラム)」があり、NHKホールに足を運びました。

プログラムは,、ヘルベルト・ブロムシュテットの指揮で、マーラーの『交響曲第9番』。

ブロムシュテットさんの指揮で、昨年10月の定演を聴いてからちょうど1年が経ちましたが、待ちに待ったという感じで、NHKホールはほぼ満席でした。

昨日の公演でまず驚いたのは、コンサートマスターの篠崎さんにエスコートされ、ブロムシュテットさんがステージに登場したときに起きた割れんばかりの拍手。

演奏が終わったときのような盛大な拍手が、演奏前に送られるなどまずないことで、それだけでもう胸がいっぱいになり、今日は特別な日になることを予感させました。

ブロムシュテットさんは、来日前に怪我をされたとのことで、椅子に座っての指揮でしたが、オケへの手振りは何も変わらず、素早く、明瞭。

そもそも、95歳の人が80分間休みなくオーケストラを指揮するなんて、尋常なことではありません。

一方N響の演奏は、終始緊張感にあふれ、ブロムシュテットさんへの熱い思いを感じさせるもの。

特に終楽章はまさに渾身の演奏で、椅子から浮き上がるような勢いでヴァイオリンを弾いていた篠崎さんの姿は、今も目に焼き付いています。

曲が終わっても、ブロムシュテットさんの手はしばらく止まったまま。その間、会場は静寂に包まれ、祈りが捧げられているよう。

これほど胸に迫る終わり方も初めてで、ブロムシュテットさん、N響のメンバー、聴衆の思いが、静かに交錯しているようにも感じられました。

そして、終演後のカーテンコールは熱烈。定演では珍しいスタンディングオベーションも起こり、オケが舞台から退場しても、たくさんの人が残って拍手また拍手。

それに応えるように、篠崎さんと郷古さんにエスコートされたブロムシュテットさんが、何度も舞台に登場し、客席に手を振ってくれたのですが、その姿を見て、さらに胸が熱くなりました。

ブロムシュテットさん、N響、そしてたくさんの聴衆。昨日は、それぞれにとって忘れることができない「特別な日」になったに違いありません。