えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『老いと記憶 加齢で得るもの、失うもの』を読みました

老いと記憶-加齢で得るもの、失うもの (中公新書)

今年3冊目の読書レポートは、『老いと記憶 加齢で得るもの、失うもの』(著 増本康平/中公新書 初版2018年12月25日)です。書店で目にして手に取りました。

最近、人の名前が出てこないのは日常茶飯事。年齢には逆らえません。「認知症」という言葉も他人事ではなくなってきました。

本書は、高齢者心理学、認知心理学の専門家である著者が、国内外の様々な実験データや研究成果を示しながら、加齢と記憶の関係を解き明かしたもの。

「衰える記憶」と「衰えない記憶」の違い、「衰える記憶」への対処方法、記憶機能の訓練の効能、認知症予防と認知機能の改善策、そして高齢期における記憶の役割といったテーマに従って、図版やグラフなども使いながらわかりやすく説明されています。

本書によれば、加齢とともに衰える記憶機能は、複雑な思考や並列的な作業を担う記憶である「ワーキングメモリ」と過去の出来事の記憶である「エピソード記憶」の二つ。

確かに、電気製品やパソコンなどの初期設定が億劫に感じられたり、昔のことがなかなか思い出せなくなったりすることが、以前に比べ多くなった気がします。

一方、「脳トレ」といった認知訓練は、それなりにメリットもあるものの、認知機能の改善や認知症の予防に効果があるという根拠は乏しいとのこと。認知機能の衰えが高齢者の幸福感や精神的健康に悪影響を及ぼすわけではないとはいえ、残念ながら、機能の衰えは、“自然現象”として受け入れるしかありません。

もっとも、だからといって何もしないで年を重ねるのは考えものです。

「人生をつうじて獲得した知識は蓄積され続け、年を取っても忘れず、知恵の基盤になる」、「習慣は良くも悪くも高齢になっても維持される」(だからいい習慣を身につけることが大切)、「興味や関心は記憶成績を高め、老いへの偏見、気分の落ち込みは記憶機能に悪影響を及ぼす」、「生活習慣病は認知症の危険因子である一方、豊富な社会的交流、適度な運動、魚やビタミンC・Eの摂取などは認知症を予防する生活習慣」といった話は、大いに参考になるものでした。

また、「人生の受容や人生の幸福において重視される記憶は“後悔”であり、後悔を解消することが高齢期の精神的な健康状態の維持に重要である」、そして「年老いても成長し続けるためのやる気と努力を失わなければ、たとえやり直しのきかない後悔があったとしても、その後悔から得た教訓や後悔の意味を見出すことで、それらの経験が無駄ではなかったと思うことができる」という指摘は、これからの生き方を考えさせてくれます。

著者は、一日3時間の訓練を10年間続ければ(1万時間になります)、その分野のエキスパートになる可能性があると言っています。60歳から始めたことでも、70歳には形にはなるということ。エキスパートにならずとも、やろうと思ってできなかったことにチャレンジしてみようという気になります。

それで少しでも“後悔”を減らせたら、自分の人生も違ったものになるかもしれません。

『人類との遭遇 はじめて知るヒト誕生のドラマ』を読みました

人類との遭遇:はじめて知るヒト誕生のドラマ

今年2冊目の読書レポートは、『人類との遭遇 はじめて知るヒト誕生のドラマ』(著 イ・サンヒ、ユン・シンヨン/訳 松井信彦/早川書房 初版2018年12月25日)です。書店で目にして手に取りました。

人類の起源や進化をテーマにした本はよく目にします。「私たち人類(ホミニン)は、一体どういうプロセスを経て今ここにいるのか」ということに好奇心が刺激される人が、それだけ多いのかもしれません。

著者のイ・サンヒ氏はアメリカ在住の韓国人人類学者。ユン・シンヨン氏は韓国在住のサイエンスライター。本書は、韓国の雑誌と新聞に連載されたエッセイをもとに出版された本を翻訳したものです。

この種の本では、人類の進化を、年代を追って辿っていくものも多いようですが、本書は、過去から現在までの人類学の動きを織り交ぜながら、人類の起源や進化に関する様々な物語を22話収録しています。

「ホミニンのなかでも“最初の祖先”は、誰なのか」、「私たちが肉好きになったのはどうしてか」、「ホミニンはどうやって“毛皮のコート”を脱いで今の皮膚になったのか」、「農業は豊かな暮らしと繁栄をもたらしたのか」、「ヒトの脳はなぜ大きくなっていったのか」。

面白い話が次々登場し、何百万年前のはるか昔の世界に、自分も立っているような気がしてきます。

なかでも、「農業を採り入れたために人類は不健康になった」、「人類ははるか昔から利他的な気遣いがあった」、「直立二足歩行が人類の文化・文明の礎となったが、腰痛、心臓病、危険を伴う出産といった代償が伴った」、「人間のおしゃべりは、他の霊長類で行われるグルーミング(毛繕い)と同じ」といったエピソードは印象に残りました。進化のすべてが私たちに都合がよかったわけではなさそうです。

それにしても、ホミニンの化石から生存した年代どころか、利き腕や、皮膚の色まで推定してしまう科学技術の進歩には驚かされます。それが、学者の間で論争が巻き起こる原因でもあるようですが、これからも思いもよらない新しい発見があるに違いありません。

本書によると、ヒトゲノムは進化を続けていて、しかもその速さは文明の進歩とともに、加速しているそうです。

もっとも、進化=進歩でないのは言うまでもありません。このまま地球の温暖化が進み気温が上昇すれば、皮膚の色や形はまったく違うものになり、食糧が不足して宇宙食みたいなものが普通の食事になってしまったら、口や顎が小さくなって、顔の大きさや造りが今と似ても似つかないものになりそうです。

そんな世界は御免ですが、100万年後、200万年後の世界に住んでいる人類は、一体どんな姿で、どんな生活をしているのか想像は膨らみます。タイムマシンでもあれば、一目この目で見てみたいものです。

樫本大進 プラハ交響楽団 ニューイヤーコンサート

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昨夜、「プラハ交響楽団 ニューイヤー・コンサート」に足を運びました。ヴァイオリンの樫本大進さんがコンサートで演奏することを知って、チケットを買い求めたのが昨年7月。それから半年間待ちに待ったという感じです。樫本さんが出演するからか、会場のサントリーホールは女性が多い気がしました。

プログラムの前半は、ブラームスの『ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.77』。樫本さんの繊細さと力強さが織りなす演奏は期待に違わないもので、とりわけ第1楽章のカデンツァは聞き応えがありました。高音の響きは格別なものを感じます。

アンコール曲は、バッハの『2つのヴァイオリンのための協奏曲 第2楽章』を指揮者のピエタリ・インキネンさんと共演。指揮者が演奏するというのは珍しく、息もぴったりで驚いたのですが、お二人が同じ門下だったことを後で知り、得心しました。

プログラムの後半は、チャイコフスキーの『交響曲第5番』。先月、サイトウ・キネン・オーケストラの演奏を聴いたばかりで、思いがけず聞き比べになりましたが、今回は管楽器の色彩豊かな音色とティンパニーの響きが印象的。帽子を被って演奏する第1ホルン奏者、腕まくりしてユニークな動きをするティンパニー奏者の個性もかなり光っていました。(演奏終了後、この二人には盛大な拍手が送られました。)

オケのアンコール曲はドボルザークの『スラブ舞曲第8番と第10番』。チェコのオーケストラだけあって、さすがに手慣れた感じの演奏で、自信を感じさせます。

新しい年の始まりにふさわしいコンサートで十分満足しました。今年もお金と相談しながら、たくさんの演奏を聴きたいと思っています。