えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『ふだん使いの言語学 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』を読みました。

ふだん使いの言語学: 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント (新潮選書)

2021年7冊目の読書レポートは『ふだん使いの言語学 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』(著 川添愛/新潮選書/初版2021年1月25日)。書店で目にして手に取りました。

仕事柄、契約書の文言を考えるのは日常的なことですが、頼まれて、抗議状やお詫び状といった手紙の文面を考えることもよくあります。

事情が込みいっているだけに、こちらの主張や意図をどう伝えるか、言葉の選択や文の組み立てに考え悩まないことはありません。

本書は、言語学者である著者が、理論言語学を切り口として、“言葉の力”をブラッシュアップするための手がかりを教えてくれる一冊。

理論言語学というのは、“無意識の言語知識”を研究対象とする学問だそうですが、著者によれば、理論言語学には「ことばの基礎力」を鍛えるヒントが豊富に詰まっているとのこと。

そこで本書では、まず、ありがちな“コミュニケーションの失敗例”や“どこかしら変な文”を数多く示して“無意識の言語知識”とはどういうものかを説明し、日常の言葉について再考。

さらに「置き換え」「入れ替え」といった、言語学で使われている言葉の分析手法を、実践例をもとに解説し、言葉についてさらに深掘り。

そして、「ありがちな相談の答えを考える」というスタイルで、よくある言葉の問題への対処方法を探り、理論言語学が日常でどのように使えるかみていきます。

世の中には、“文章作法”的な書物は数多くありますが、学問的な視点から、日常的な言葉づかいについて考えるというのは新鮮で、あたかも著者の講義を受けているよう。

といっても、決して難しいものではなく、具体的な事例をもとに進む話はわかりやすく実践的で、とても参考になります。

中でも目に留まったのは、助詞の「は」は旧情報に付き「が」は新情報に付く、かたまりの「最後」がかたまりの中心的要素の定位置である、「言葉に現れない要素」が複数絡むと可能な解釈が一気に増える、大きな主語や「一般論に広げすぎる」ことに気をつける、といった指摘。

日々の仕事にもすぐに役立つもので、これだけでも本書を手にした甲斐があったというものです。

SNSやメールなど、文章を書く場面が増えていますが、言いたいことをしっかり伝えるためには、まずは自分の言葉への意識を高めること、そして手間を惜しんではいけないことを今更ながら思い知りました。

『戦国大名の戦さ事情』を読みました。

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2021年6冊目の読書レポートは『戦国大名の戦さ事情』(著 渡邊大門/柏書房/装丁 藤塚尚子/初版2021年1月10日)。書店で目にして手に取りました。

NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』が、先週とうとう終わってしまいました。

明智光秀役の長谷川博己さんはもちろん、織田信長役の染谷将太さんの演技が楽しみで、毎週欠かさず見ていただけに、今もちょっと残念な気分です。

本書は、戦国時代の合戦のシステムや実態を、日本史学者である著者が明らかにするもの。

将兵の動員方法や戦場への持ち物、求められる軍装と武器の使い方、将兵が守るべき掟(軍法)、兵糧の調達・運搬方法、軍師の仕事と“陣形”の真偽、野戦や攻城戦の実相、そして戦いの結末の姿。

あまり知られていない“戦いの舞台裏”を、様々な一次史料を紐解きながら探っていきます。

兵員の動員数や持ち物は武将の所領規模に応じて内容が違っていて、米を使った“インスタント食品”も携行した。

相手から侮られないようにするために軍装は統一した。

槍は万能でコスパも良く、主要な武器だった。

補給を担当する「小荷駄隊」なくして、戦うことはできなかった。

戦国時代にあったとされる陣形(「魚鱗」、「鶴翼」、「雁行」など)は、机上の学問に過ぎず、本当に実戦で使われたか疑わしい。

「桶狭間の戦い」や「長篠の戦い」といった有名な戦いも、実際どのように行われたのかよくわかっておらず、論争がある。

大将や上級武将を打ち取った場合は、兜と首がセットでないと、手柄の評価が低くなった。

戦場では物や人の略奪(乱取り)は軍事慣行として認められていて、戦闘よりそれが目的の将兵もいた…。

紹介される話は初めて知ったことばかり。戦国時代の合戦といえば、映画やテレビドラマで見る“物語の世界” のイメージしか持っていなかったので、“戦いのリアル”は興味深いものがありました。

それにしても、兵糧攻めの惨たらしい様子、乱取りにあって売り飛ばされる「足弱」(女性、老人、子供)、戦い敗れた大名とその家族を待ち受ける悲劇、そして過酷な落ち武者狩りなど、戦国の世の習いとはいえ、勝者と敗者、強者と弱者の落差は大きく、痛ましさを感じます。

ドラマなどで、武将が「戦いのない世をつくりたい」とつぶやく場面を目にすることがありますが、それは決して作り話ではなく、心からそう願っていたと思えてなりません。

『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』を読みました。

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2021年5冊目の読書レポートは『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(著 宮崎伸治/三五館シンシャ//初版2020年12月1日)。

今の仕事の関係で、「出版界の暗部に斬りこむ天国と地獄のドキュメント」という帯コピーが気になり、手に取りました。

本書は、かつて出版翻訳家として活躍していた著者が、そのデビューから足を洗うまでの顛末(「天国」と「地獄」)を綴ったもの。

著者は、20代で出版翻訳家の道を考え始め、大学職員、英会話講師など英語に関係する仕事を重ねながら、イギリスの大学院にも留学。

その後念願叶い、出版翻訳家となってベストセラーも生み出し、30代の10年間には50冊もの単行本を手がけるほどになります。

ところが、ある出版社の仕事をめぐってトラブルとなり、著者は本人訴訟を提起。

結局、出版社が非を認めたことで裁判は和解となりますが、これが引き鉄となって著者は精神的に疲弊し、出版翻訳家としてのキャリアに見切りをつけてしまいました。

本書では、この裁判のことだけでなく、出版の延期や中止、印税のカットといった出版社との数々のトラブルと、そこで繰り広げられた編集者たちとの生々しいやり取りが明らかにされています。

出版社からすると、予定通りに本が出版できないというのは、決して珍しいことではありません。

本書に登場する出版社・編集者も、著者には本当のことが言えないほどの“深い事情”を抱えていたのかもしれません。

ただ例えそうであったとしても、本書を読む限り、出版社の身勝手な姿勢には疑問を感じることが多く、著者がその理不尽さに憤慨するのも無理ないと思ってしまいます。

著者の話からすると、事情はどうあれ、編集者が著者の身になって、もう少し誠意をもって接していたら、事態は変わっていたはず。

本書の読者の感想には、出版業界に対するネガティブな意見が多くみられるだけに、とても残念です。

もちろん、出版社や編集者が全部同じということはなく、本書のエピソードも最近のものではありません。

けれど、出版社・編集者には、本書に書かれている出来事を他山の石として、またライター、デザイナー、装幀家など出版を支えている人たちとの関係も大切にして、同じような汚名を着せられないよう、心してほしいものです。

ところで、本書では「出版契約書」を締結することの重要性が語られています。
また出版契約書については、「先に契約書を交わさないのはおかしい」という声もよく聞かれます。

確かに、日本書籍出版協会の調査によれば、著者がフル活動していた頃の出版契約書の締結率は、1997年46.6%、、2005年59.6%と今一つでした。

しかし、その後2011年には77.2%となり、恐らく現在はもっとアップしているはず。

一方、契約書が遅くなるのは、決して出版社がいい加減というわけではなく、契約書に記載する、定価、発行部数、発売日などがすぐには決まらないことが影響しているから。

この二つのことは、声を大にして言いたい気分です。