えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『戦乱と民衆』を読みました

戦乱と民衆 (講談社現代新書)

今年63冊目の読了は、『戦乱と民衆』(著 磯田道史 倉本一宏 F・クレインス 呉座勇一 /講談社現代新書 初版2018年8月20日)。書店で目にして手に取りました。

本書は、2017年10月に国際日本文化研究センターで行われた公開シンポジウム「日本史の戦乱と民衆」をまとめたものです。

このシンポジウムは古代から幕末まで、戦乱の中を生き延びる庶民の姿を、手紙、日記など当時の人々の生の声から考察しようというもの。本書には、磯田、倉本、クレインス、呉座各氏による講演と講演後の座談会、そして後日、井上章一氏と榎本渉氏を交えて行われた座談会の内容が収録されています。

最初に登場する倉本氏のテーマは『白村江の戦いと民衆』。古代の資料から、戦いの様子や捕虜・帰還兵たちのその後について話がされています。

倉本氏によると、朝鮮半島出兵の目的は百済(現在は「くだら」ではなく「ひゃくさい」と読むそうです)の救援ではなく、国内の危機感をあおって権力基盤を固めることだったそうです。それが無謀ともいえる悲惨な戦いとなるわけですが、わけもわからず、何の準備もなく戦いに駆り出された農民兵は気の毒としか言いようがありません。

倉本氏の話では、最後にあった「白村江の戦い」が「壬申の乱」の勝敗に影響を与えたという指摘にも新しい発見がありました。

二番目に登場する呉座氏のテーマは『応仁の乱と足軽』。僧侶の日記などをもとに、「合戦で活躍する軽装の歩兵部隊」と「略奪に精を出す悪党・強盗」という足軽の二面性や「土一揆」と足軽との関係を明らかにしています。

足軽と一揆は地続きであり、民衆は生き延びるためには手段を選ばず、時に応じて反権力的になったり、権力の手先になったりするという話に、戦乱の世にいる民衆の必死さがひしひしと伝わってきました。誰も守ってくれないなら自分で守るしかないということでしょう。

三番目に登場するクレインス氏のテーマは『オランダ人が見た大阪の陣』。オランダ商人の書簡やイエズス会士の報告書などを紹介し、大阪冬の陣・夏の陣の様子と民衆の動向を分析しています。

外国人の目を通して大阪の陣の様子が記されているのが新鮮で、ルポルタージュのような内容から当時の様子をよく知ることができます。オランダ商人とイエズス会士では徳川家康(徳川軍)に対するイメージが違っているという指摘も面白く感じました。

最期に登場する磯田氏のテーマは『禁門の変-民衆たちの明治維新』。商人の日記や新聞記事などから、禁門の変の状況や京都の民衆の「焼け野原体験」を描き出しています。

禁門の変で京都が丸焼けになったというのは、今回初めて知りました。開戦前の民衆たちに危機感がなかったのは意外でしたが、被害の大きさと戦災に苦しむ人々の姿には驚かされました。もっとも、臭気漂う武士の遺体から金品を集め、商売の元手にした民衆もいたようで、いつの時代でも、戦争をバネにするたくましい人間はいるものだと感心します。

磯田氏の話では、この戦災からの復興が遅れたことが、維新後に京都が首都になれなかった理由の一つだという指摘も興味を覚えました。

各氏の話に歴史の面白さを実感しましたが、歴史というのは、戦争や災害を懸命に乗り越え、生き延びてきた民衆の物語でもあるということに改めて気づかされます。

読後感(面白かった)

『死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者』を読みました

死を生きた人びと

今年62冊目の読了は、『死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者』(著 小堀鷗一郎/みすず書房 初版2018年5月1日)です。

今年6月、NHKのBSで「在宅死 “死に際の医療”200日の記録」というドキュメンタリー番組が放送されました。

内容は、埼玉県新座市にある病院の在宅医療チームの活動を追ったもの。番組では、103歳の母親を夜通し介護する家族、老老介護で共倒れになりそうな夫婦、末期がんの父親を看病する全盲の娘、がんで先立つ娘の世話をする年老いた母親など数組の家族が登場したのですが、厳しい状況の中でも何とかそれを乗り越えようとする家族の姿と、患者と家族に寄り添い、安らかな死を模索する医師の姿に目が離せませんでした。

この番組に登場した二人の医師のうちの一人が、本書の著者であり、森鷗外の孫にあたる小堀氏。東大病院の外科医であった小堀氏は、定年後に訪問診療医となり、在宅医療に携わるようになったそうです。番組から伝わる小堀氏の人柄や投げかける言葉に何とも言えないぬくもりがあり、患者や家族の救いになっているのがとても印象的でした。

本書は、その小堀氏が在宅医療で立ち会った355人の看取りの中から42の事例を示し、人はどこでどうやって死ぬのが幸せなのか、「望ましい死」のあり方を私たちに問いかけ、また終末期医療をめぐる様々な課題を明らかにしたものです。

病院で死ぬことは、今はごく普通のことですが、本書によれば在宅死と病院死が逆転したのは今から40年ほど前。医療技術の進歩が病院死の増加につながった一方で、「死は敗北」といった意識が医療関係者の中で生まれ、「延命至上主義」の風潮が広まったそうです。また病院死の増加は、私たち自身の死に対する感覚を希薄にさせ、私たちは死を遠ざけるようになりました。

確かに、死は必ず訪れるものでありながら、元気なときに自分の死に方まで考えることはありません。自宅で最期を迎えられたらと漠然と思っていても、病院で死ぬことについて、本人も家族も疑問を持つことはないでしょう。

ところが本書を読むと、人それぞれ生き方が異なるように、死の迎え方も人それぞれであることがよくわかります。病院で死ぬのが悪いということではありませんが、病院のベッドで、同じような延命処置を施され、モニターに囲まれて亡くなるのが幸せといえるのか、考えざるを得ませんでした。

NHKの番組でも、全盲の娘さんが自分でうどんを作り、父親がそれこそ1本、2本と口にする場面があって、今でも心に残っているのですが、そんな父と娘のかけがえのない時間は、入院していては決して過ごすことはできないものです。

もっとも、自宅で平穏な最期を迎えたいという願いは、簡単に叶うものではありません。在宅死のためには、医療関係者や家族の理解、しっかりとした医療体制、行政の支援など解決すべき課題は多く、また家族の負担考えれば、「自宅で死にたい」とは言い出しにくいのも事実でしょう。理想と現実のギャップは大きいものがあります。

日本は、2025年には65歳以上の高齢者が人口の30%を占め、年間の死亡者数が150万人を超える多死社会を迎えます。国は医療費の抑制をねらい、終末期医療の場を病院から自宅に移そうとしていますが、それが私たちの“幸せな死”につながっていくのか、定かではありません。

高齢者の人口爆発が迫る中、“国の都合で在宅死が増えただけ”に終わらないようにするためには、在宅死にせよ病院死にせよ「望ましい死」はどういうものか社会全体で考えていく必要があるのだと思います。

読後感(考えさせられた)

『こうして知財は炎上する ビジネスに役立つ13の基礎知識』を読みました

こうして知財は炎上する―ビジネスに役立つ13の基礎知識 (NHK出版新書 558)

今年61冊目の読了は、『こうして知財は炎上する ビジネスに役立つ13の基礎知識』(著 稲穂健市/NHK出版新書 初版2018年8月10日)。仕事に関係するテーマということで手に取りました。

「知財」とは知的財産権(著作権、特許権、実用新案権、意匠権、商標権など)のこと。最近は東京オリンピックのエンブレム問題や、音楽教室とJASRACの争いなどで世間の関心を集めることはありますが、普通の人にとっては縁遠いものかもしれません。

本書はこの知財について、弁理士で東北大学研究推進・支援機構の特任准教授でもある著者が、近年話題となった様々な事例(揉めごと)を題材にして、「何が問題なのか」「揉めた原因は何か」「どうすればトラブルを回避できるのか」といったことを説明しながら、その基本的なポイントを一般の人に向けて解説したものです。

知財の解説書というと、権利ごと“縦割り”で解説するものがほとんどですが、本書はそれにとらわれず、各事例を揉めた原因ごとに「権利を主張する側の行為」、「他人のものを模倣・流用する側の行為」、「知財に関する認識のズレ」、「知財制度における抜け道の存在」の4つに分類し、それぞれの権利を関連づけながら解説しています。実務では権利が絡み合うことが多いので、実際的と言えます。

内容は基本的なものですが、知財についてまったく知識がないと少し難しく感じるところもあるかもしれません。ただし紹介される事例は、スケートの羽生結弦選手と「くまのプーさん」、「白い恋人」VS.「面白い恋人」、リカちゃん人形と「香山リカ」、カーリングで有名になった「そだねー」、「コメダ珈琲店」VS.「マサキ珈琲」、「ひこにゃん騒動」など目を引くものが数多く、知財の面白さ(争いの当事者は決して面白くありませんが)を知ることができます。

個人的には、仕事の守備範囲から少しはずれる「特許」や「商標」のエピソードは初めて知ったものが多く、とても参考になったのですが、一番驚いたのは「村上春樹」が商標登録されていること。商標の範囲は色や音にまで広がっているので、これから先も、名前に限らず思いもかけないものが商標として登録されそうです。

今や誰もが簡単に「コピー」や「配信」ができる時代。またSNSでは「似ている」「似てない」は恰好の話題であり、知財は身近なものになっています。それだけに、仕事でも普段の生活でも「知らなかった」では済まなくなり、これから「知財リテラシー」を高めることはますます重要になるでしょう。本書はその手助けになるはずです。

読後感(参考になった)