えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『五・一五事件 海軍青年将校たちの「昭和維新」』を読みました

五・一五事件-海軍青年将校たちの「昭和維新」 (中公新書 (2587))

2020年17冊目の読書レポートは『五・一五事件 海軍青年将校たちの「昭和維新」』(著 小山俊樹/中公新書/初版2020年4月25日)。

五・一五事件は、二・二六事件とともに昭和史の重要な出来事ですが、二・二六事件の陰に隠れがち。

私の関心も似たようなものでしたが、“昭和戦前、最大の分岐点”という帯コピーが目に止まり、買い求めました。

本書は、「なぜ海軍青年将校たちは事件を起こしたのか」、「なぜ政党政治は終わったのか」、「なぜ国民は青年将校たちに同情し、減刑を嘆願したのか」、この3つの視点を持って、五・一五事件を考察するもの。

まず事件当日、1932年(昭和7年)5月15日の関係者の動きを、臨場感あふれる記述で再現。

その後、事件に至る経緯や人間関係、事件が政界や軍部に及ぼした影響、被告が「英雄」となり、事件が「義挙」となっていく裁判の様子、さらに実行犯たちの出所・釈放後の姿が、明らかにされていきます。

五・一五事件で頭に浮かぶのは、「昭和恐慌と海軍の軍縮問題が引き金となって犬養毅首相が暗殺され、事件により政党政治が終わった」くらいのもの。

事件は、海軍将校の藤井斉の存在抜きで語ることはできず、藤井は国家改造を唱える思想家たちの影響を強く受けていたこと。

襲撃計画はほとんどうまくいかず、首相の暗殺だけが事件の象徴のようになってしまったこと。

事件後、政界・軍部で様々な思惑がうごめくなか、“憲政の常道”が覆り、政党政治が続かなかったのは、昭和天皇の意向が働いたためであったこと。

実行犯たちに対する嘆願運動には軍部の誘導が見てとれ、裁判(判決)が海軍内部の主導権争いに影響を及ぼしたこと。

判決が出て事件は終結しても、実行犯たちの思いは消えなかったこと…。

次々に示される事実に、ありきたりの認識は一変させられ、事件を詳しく知ることとなりました。

思いがけなかったのは、首相官邸襲撃前に、藤井斉が上海で戦死してしまったことと、襲撃計画がかなりアバウトで、準備も決して緻密とは言えなかったこと。

藤井が事件の指揮を執ったら、事件の様相と結果は、全く違っていたかもしれず、歴史にイフは禁物ですが、歴史の微妙な綾を感じてしまいます。

それにしても、いくら困難に苦しんでいたとはいえ、一国の首相が凶弾に斃れたにもかかわらず、国民の多くが若者の決起に共感したことは驚きです。

社会の混迷や分断が行き着く先は、人間の理性さえも危うくさせる。それは何もこの時代に限ったことではない。そう思わずにいられませんでした。

ところで、本書は出版まで6年ほどかかったようです。新書という限られた紙幅のなかで、これだけの内容を盛り込むのは、大変だったに違いありません。

そのおかげで、印象に残る本に出会うことができました。

『感染症の世界史』を読みました

感染症の世界史 (角川ソフィア文庫)

2020年16冊目の読書レポートは『感染症の世界史』(著 石 弘之/角川ソフィア文庫/初版平成30年1月25日)。本書の前に読んだ『感染症 広がり方と防ぎ方』(中公新書)と一緒に買い求めました。新型コロナウイルスの影響で、売れ行きは好調のようです。

本書は、2014年に洋泉社から出版された単行本を加筆修正して文庫化したもの。数々の文献や著者の体験などをもとに、人類と感染症の闘いの歴史をたどりながら、感染症の実態を探っていきます。

マラリアは、紀元前1万年前頃からすでに流行が始まっていた。

戦争が感染症を蔓延させ、戦争における病死者はしばしば戦死者を上回り、感染症が戦いの帰趨を決めた。

14世紀のペストの大流行は、ヨーロッパの中世社会崩壊の原動力になった。

スペイン風邪では全世界で8千万人、日本でも45万人もの人々が死亡した…。

本書で明らかにされる事実や様々なエピソードは、初めて知ったものが大半。古くから人を苦しめ、ときに歴史まで変えてしまう感染症の脅威を改めて認識させられました。

本書を読むと、感染症と対峙するのは人類の宿命のようなものであり、いくら医療が進歩したとしても、感染症から逃れられる日は来そうにないことを実感します。

それどころか、この半世紀に出現したエイズ、鳥インフルエンザ、SARS、エボラ出血熱など「新興感染症」はとても不気味です。

本書によれば、これらの感染症が現れたのは、人口の急増や経済の拡大で、環境破壊・大規模開発が進み、その結果安定した自然のシステムが崩壊し、野生動物と人が接触するようになったことがきっかけとのこと。

その脅威は、一つ間違うと瞬く間に世界中に広がってしまうことを、新型コロナウイルスが示しました。

それは、まるで地球環境から大きなしっぺ返しを食らったよう。人間の乱暴な振る舞いを改めない限り、いずれまた未知の感染症が現れ、人間を苦しめることになりそうです。

ところで著者は、「感染症の世界的流行は30~40年周期で発生してきたが、1968年の“香港かぜ” 以来40年以上大流行が起きていない」と警告。

また、「中国はこれまでも、何度となく世界を巻き込んだパンデミックの震源地になってきた」と指摘。

新型コロナウイルスの出現と感染拡大を“予言” しているようで驚いてしまいました。

新しい生活スタイルはともかく、有効な治療薬やワクチンが一刻も早く開発され、普通の日常が戻ることを願うばかりです。

『感染症 広がり方と防ぎ方 増補版』を読みました

感染症 増補版 広がり方と防ぎ方 (中公新書)

2020年15冊目の読書レポートは『感染症 広がり方と防ぎ方 増補版』(著 井上 栄/中公新書/初版2006年12月20日 増補2020年4月25日)。

新型コロナウイルスの影響で、書店では感染症に関する本がたくさん並んでいます。
カミュの『ペスト』は2月以降に15万部以上も増刷されたとのこと。見えない不安に苛まれている人が、それだけ多いのでしょうが、私もその一人。

「感染症」をテーマした本など普段なら関心が向きませんが、気になって手に取りました。

本書は、2006年に刊行された旧版に、新型コロナウイルスに関する章を増補したもの。

初めに病原体の伝播経路について説明があった後、伝染病対策の歴史、病原体の種類・特徴、対処方法など感染症の全体像について解説。最後に、新型コロナウイルスについて、著者の考え方を示しています。

増補版なので、新型コロナウイルスについての記述は、そう多くありません。内容からいえば、連日マスコミで発信される情報の方が具体的です。

けれど感染拡大のメカニズムや遮断方法の基本は、そう大きく変わるものではありません。

著者は、感染症伝播を押さえる“簡単な手段”としてマスク、箸・手洗いなどをあげていて、それは今私たちが求められていること。

また同時に、薬やワクチンよりも、「危険を避ける行動を文明社会での新たな文化にしたらいい」とも述べていて、それは今回の緊急事態延長にともない示された「新しい生活様式」に通じるもの。

著者の考えが、今現実のものになっています。

ところで、本書で興味深かった話のひとつが、「ガーゼ」、「不織布」、「紙」の3種類のマスクを使って行った、咳風速の測定実験。

結果は、マスクの種類に関係なく同程度に咳風速は低下したとのこと。
著者は、咳風速の低下は、飛沫の飛散量や飛沫核の量を減らすものだとし、「新型インフルエンザ」発生時には、政府が無料マスクを国民全員に配ることを提案しています。

思わず政府による“ガーゼマスク配布”を重ね合わせてしまいましたが、外出時のマスクは感染対策の基本中の基本であることを再認識しました。

また、「玄関で靴を脱ぐ生活習慣のため、日本では靴についたウイルスは室内に持ち込まれにくい」、「有気音が少ない日本語の発音は、飛沫感染が起こりにくい」といった指摘も目を引くものです。

欧米に比べ、日本の感染者が少ない理由が色々取り沙汰されていますが、著者が示唆するように、日本人の生活様式が思わぬ効果を生んでいるのかもしれません。

著者によると、「ウイルスは生き残るためにみずから弱毒化する」という理論があるそうです。

治療薬やワクチンが開発されたとしても、“凶暴性”は消え失せてほしいものです。