えむと、メモランダム

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『兵隊たちの陸軍史』を読みました

兵隊たちの陸軍史 (新潮選書)

今年28冊目の読書レポートは、『兵隊たちの陸軍史』(著 伊藤桂一/新潮選書 初版2019年4月25日)。書店で目にして手に取りました。

この作品は昭和44年(1969年)に刊行され、その後平成20年(2008年)に文庫化、そして今回新潮選書として復刊。実に半世紀に渡り世に送り届けられていて、名著と言われるのももっともです。

著者は直木賞受賞作家ですが、自身も中国大陸で6年余り従軍。本書では、自らの経験や文献をもとに、ごく普通の兵隊たちが、軍隊でどんな日々を送り、戦場でいかに戦ったのかその姿を簡潔に綴っているほか、陸軍の諸制度も紹介。

よくある戦記や従軍記と違い、一兵士であった著者の目を通して、軍隊(陸軍)という独特な世界の実態と、兵隊たちの素顔・心情がありのまま描かれています。

本書でまず知ることになるのは、入営から満期除隊まで兵営生活の一部始終。めまぐるしい日課、様々な演習、兵隊の出世コース、隊内での勤務、格差が激しい給料、独特な戦友愛、戦いにも影響する郷土性、陰湿な私的制裁…。

国民の義務とはいえ、2年または3年も世間から隔離され、がんじがらめの厳しい生活を送るというのは、今の私たちには想像もつきません。

もっとも、もしも生まれてくる時代が違っていたら、あるいは日本が無条件降伏でなかったら、自分も同じような経験をしていたはず。そう考えると、まったくの他人事ではなくなってきます。

一方、中国大陸での戦場生活も興味深いもの。「点と線だけ確保していた」といわれる駐屯業務がどんなものだったのか、中国軍(中共軍)との戦闘はどんなものだったのか。本書からその一端を知ることができました。

戦いの中での住民との交流、名誉をかけて一番乗りをめざす兵隊、隊長の力量に左右される命。思いがけない話もあり、日中戦争のイメージは少し変わったかもしれません。

ところで本書では、「日本の兵隊は強く、よく戦った」という著者の思いがあふれています。もちろん、それは戦争を正当化したり、軍国主義を賛美したりしているわけではありません。

著者は、軍隊の理不尽さや無能なエリートを批判。「戦陣訓」は愚書と唾棄しているほどです。

それでも自分の思いを伝えたかったのは、自分の命をかけ、家族や郷土の名誉をかけて戦ったのに、戦争が終わってからの国民の冷たい態度や「日本兵はとんでもないことをした」といった論調、果ては黙殺に、我慢できなかったからのように思えます。

確かに、問題を起した兵隊もいたでしょうし、住民が多大な迷惑を被ったことも事実でしょう。しかし、だからといって、兵隊全部が悪者にされる必要はないはずです。

「世界の戦史を通じて、これほどみじめな帰還をした軍隊は、たぶん大東亜戦争における日本軍をおいて他にはなかったはずである」という著者の言葉は痛切です。

「命の瀬戸際で奮闘した兵隊のことを忘れないでほしい。」著者が本書で言いたかったのは、それに尽きるのだろうと思います。

「NHK交響楽団定期公演 第1914回」

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昨夜、「NHK交響楽団定期公演 第1914回(5月Bプログラム)」があり、サントリーホールに足を運びました。

指揮はネーメ・ヤルヴィ。プログラムの前半は、イベールの『モーツァルトへのオマージュ』とフランクの『交響曲ニ短調』。後半は鈴木優人さんのオルガンで、サンサーンスの『交響曲第3番』。“オールフレンチプログラム”です。

『モーツァルトへのオマージュ』とは初対面。5分ほどの短い曲でしたが、明るさと軽やかさ―モーツァルトらしい雰囲気を味わいました。

2曲目のフランクの『交響曲ニ短調』は私の好きな作品のひとつで、CDではよく聞きます。昨夜のヤルヴィの指揮は少しあっさりした感じ。それでも、弦と管のメリハリの効いた演奏は、この曲の持つ劇的な印象をより際立てていました。

そして、昨夜は何といってもサンサーンス。サントリーホールで聞くパイプオルガンを楽しみにしていたのですが、包み込むように、降ってくるように、あるいは湧き上がるように響くオルガンの音色は何とも言えず素晴らしいもの。

ヤルヴィのアップテンポの指揮に応えるオーケストラも見事で、ふたつが融合した演奏は“圧巻”。まさに息をのんでしまい、演奏が終わった瞬間、思わず「フー」と息をはいてしまいました。こんなことはそうはありません。

演奏終了後、ヤルヴィの手招きで鈴木さんが演奏席からステージに急いで移動。聴衆から盛んに拍手を受けていた二人の姿は、今日の演奏とともに忘れられないものとなりそうです。

「堀正文 70th Anniversary Concert」

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昨日、NHK交響楽団の名誉コンサートマスター 堀正文さんの古希を祝う記念コンサート「堀正文 70th Anniversary Concert」があり、会場のサントリーホールに足を運びました。

堀正文さんは、1979年から実に36年間、NHK交響楽団のコンサートマスターを務めた、まさに“N響の顔”だった方。今回のコンサートは、堀さんの古希をお祝いするために、堀さんに関係する方々の尽力で開催されたそうです。

コンサートに参加したのは、堀さんとゆかりのある演奏家や音楽仲間、堀さんの門下生、N響のメンバーなど、総勢80名以上(門下生の方を含めると恐らく100名以上)。

諏訪内晶子、藤原真理、野平一郎、仲道郁代…。とにかく名だたる演奏家ばかりで、「日本クラシック音楽界より、超豪華メンバーが終結!一期一会の華麗なる宴!」という新聞広告のキャッチフレーズに偽りなし。これほどの人達が一堂に会するのは、滅多にないことでしょう。日本の音楽界で堀さんの存在がいかに大きなものか、よくわかります。

コンサートは午後3時に始まり、三部構成で、室内楽曲、協奏曲、交響曲、ピアノ曲などアンコールを含め28曲が演奏され、終了したのが8時前。途中休憩を2度はさみ、実に5時間のロングコンサートとなりましたが、堀さんはもちろん、どの演奏も聞き応え十分。あっという間に時間過ぎてしまいました。

ちなみに、心に残ったのは第二部で演奏された室内楽の数々。なかでも、シューベルトの「ヴァイオリンと弦楽のためのロンド」、ドヴォルザークの「ピアノ五重奏曲 第1楽章」、メンデルスゾーンの「弦楽八重奏曲 第1楽章」は、名手たちが心行くまで演奏を楽しんでいる感じが印象的でした。

それにしても、ステージの堀さんはどこまでも控えめ。これだけの盛大なコンサートが開かれるのは、実力もさることながら、その人柄があってのことでしょう。

私にとっても忘れられないコンサートとなりました。