えむと、メモランダム

読んだ本と出来事あれこれ

『50(フィフティ) いまの経済をつくったモノ』を読みました

50(フィフティ) いまの経済をつくったモノ

2018年85冊目の読了は、『50(フィフティ) いまの経済をつくったモノ』(著 ティム・ハーフォード 訳 遠藤真美/日本経済新聞社 初版2018年9月21日)です。成毛眞さんの書評で知り、買い求めました。

本書によると、世界の主要な経済活動の中心では、100億種類の商品・サービスが売られていて、巨大で複雑な経済システムにより、地球上に住む75億人のほぼ全員がつながっているとのこと。

本書は、フィナンシャル・タイムズのコラムニストである著者が、このような現代の経済(社会)を形作り、支えてきた「50の発明」を取り上げ、それが私たちに何をもたらしたのか、楽しく、そして鋭く解説した読み物です。

発明というと、科学技術的なものを想像しますが、本書では、有刺鉄線、パスポート、空調、発電機、バーコード、エレベーター、時計、電池、プラスチック、紙、S字トラップ、紙幣、コンクリート、電球などありふれた「モノ」や、福祉国家、複式簿記、有限責任会社、銀行、不動産登記、保険といった「しくみ」など、思いもよらぬものがたくさん登場します。

「プラウ(犂:すき)が今の文明の基礎を作った」、「グーグルがこの先何世代にもわたって、知識へのアクセスを支配する」、「グローバリーゼーションを可能にした最大の要因は輸送用コンテナで、日本はそれに一役買った」、「ピル(経口避妊薬)が女性の社会進出を促した」、「エレベーターがなかったら今の都市システムは成立していない」。

発明(技術)を切り口に語られる経済の話は、視点がユニークでどれも面白く、最初から最後まで興味が尽きませんでした。これらの「モノ」や「しくみ」が生まれていなかったら、今の私たちの社会はまったく違ったものになっていたはずです。

驚いたのは「iPhone」の主要なテクノロジーの基礎をつくったのはアメリカ政府(政府機関)だったという話。スティーブ・ジョブズなくして「iPhone」は生まれなかったかもしれませんが、政府が資金を拠出し、政府がリスクをとった技術があってこそ、商業化につながったというのは強く印象に残りました。

本書を読むと、発明には光だけでなく陰(副作用)もあることに気づかされます(著者は、将来発明は勝者と敗者を生み出すと語っています)。AIの進化によって人智を超えた画期的な発明が生まれる可能性もありそうですが、生活を快適で、便利で、豊かにしてくれる発明がたくさん生まれてほしいものです。

読後感(面白かった)

『(あまり)病気をしない暮らし』を読みました

(あまり)病気をしない暮らし

2018年84冊目の読了は、『(あまり)病気をしない暮らし』(著 仲野徹/晶文社 初版2018年12月10日)です。書店で目にして手に取りました。

昨年秋に、仲野先生の前著『こわいもの知らずの病理学講義』を読みました。内容もさることながら、大学院の教授らしくない軽妙な語り口が印象に残ったのですが、あれよあれよという間にベストセラー(現在20刷72,000部だそうです)になっていったのには目を見張りました。

本書は、積水ハウスのWebサイト「SUMUFUMULAB(住ムフムラボ)」に掲載された仲野先生のコラムを改稿・加筆したものです。先生いわく、「前作の残り香があるうちに二匹目のドジョウを狙っての出版」とのこと。本音を包み隠さないのも先生らしいところです。

『こわいもの知らずの病理学講義』のテーマは、「病気の成り立ち・しくみ」でしたが、本書では、呼吸法、ダイエット、遺伝、アルコール、がん、感染症といった身近なテーマをとりあげて、笑いを誘いながら、医学的な知見やエピソードを紹介しています。

「昔習った、舌の味覚地図は現在否定されている」、「水泳で潜水泳法が禁止されているのは二酸化炭素濃度が関係しているから」、「チンパンジーとヒトのゲノムの差異は1.2%、個人間では0.1%しかない」、「小さく産んで大きく育てるというのは、いいことではない」、「がんになるかどうかは結局のところ“運”みたいなもの」、「現在、野口英世の業績はほとんど否定されていて、時代に乗り遅れた研究者というイメージがある」、「歳をとればとるほど、風邪に罹りにくくなる」。

本書でも、「なるほど」、「へえー」と、興味深い話、ためになる話が次々に登場。本書のキャッチコピーは「究極の健康本」ですが、健康本というよりは、医学の読みものを楽しんだついでに、「病気をしない暮らし」のヒントを手にいれるといった感じ。前作以上にわかりやすい内容でした。

本書の最後には番外編として、研究者の実態や仲野先生の大学教授としての生活ぶりが語られています。まったく縁のない世界の話で、こちらも興味を覚えたのですが、仲野先生は、(先行きが明るくない)博士課程への進学を勧めたことがないというのが、自慢のひとつだそうです。自分の娘さんの博士課程進学をストップさせる件には笑ってしまいました。

ところで本書を読んで驚いたのは、仲野先生が今年のノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑氏の御弟子さんだったこと。本庶氏の研究室では、ときに涙するほど厳しい研究生活を送られたようで、気さくなイメージとは別の一面を垣間見ました。

読後感(面白くためになった)

『ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる』を読みました

ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる (文春新書)

2018年83冊目の読了は、『ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる』(著 片山杜秀/文春新書 初版2018年11月20日)です。

クラシック音楽の鑑賞は、読書とともに私の数少ない趣味のひとつ。そして歴史は好きな読書ジャンルのひとつ。ということで、何とも興味深いタイトルが目にとまり、手に取りました。著者の片山氏は政治思想史が専門の大学教授ですが、音楽評論家としても著名です。

片山氏は、芸術作品(とりわけ音楽)が作られ、保存され、鑑賞され続けるには、「受け取り手」(発注者、買い手、消費者、観客)の存在が不可欠であり、ヨーロッパにおける「受け取り手」の変遷(教会―王侯貴族―市民層)とクラシック音楽は密接な関係にあるとしています。

本書は、そのヨーロッパ社会の変遷と、教会音楽から始まり、バロック、古典派、ロマン派、印象派、現代音楽に連なる音楽史との関係を、作曲家に焦点をあてながら解き明かしたものです。

キリスト教会の権威を示し、神の秩序をあらわす道具だったという教会音楽。宗教改革によって生まれたコラール(讃美歌)とオペラ。

テレマン、バッハ、ヘンデル、同じバロック時代の作曲家でありながら活動拠点で違ってくる音楽スタイルと当時は時代錯誤的だったバッハの音楽。宮廷の衰え、市民の台頭により就職活動がうまくいかず、フリーランスの道を選んだモーツァルト。

市民という新しい聴衆に向き合い、市民のニーズに応えて、「わかりやすさ」、「うるささ」「新しさ」を追求。一般民衆層と上級市民層の両方に聴いてもらえる音楽を作ったベートーヴェン。

“よくわからない高尚な芸術”など手に届かないものに憧れる「教養市民」の登場。それと軌を一にし、居場所を求めさまようショパン、シューベルトといったロマン派の作曲家。

その手の届かないものへの渇望とナショナリズムを結び付け、ドイツ・ナショナリズムを生んだといわれるワーグナー。同様に音楽とナショナリズムを結び付けたドヴォルザークやドビュッシー。

そして20世紀。不安や不満が渦巻く現代社会の危機と真摯に向き合い、不自然で難解な“壊れた世界”を表現したシェーンベルクとストラビンスキー。

確かに、社会のあり様がその時代の音楽(作曲家)に影響を与え、音楽は社会を映し出していることがよくわかります。「歌は世につれ世は歌につれ」という言葉がクラシック音楽の世界にも当てはまるようです。

片山氏は、「今世紀にはいりクラシック音楽は居場所を減らしてきている」と語っています。分断と対立が進む混迷の時代にあって、クラシック音楽はこれから先一体どう変わっていくのだろうか、そんな思いが頭をよぎりました。

何はともあれ、ヨーロッパ社会の変遷からクラシック音楽の歴史を辿るというのは新鮮で、初めて知ったエピソードもたくさんあり、とても面白く読むことができました。

読後感(面白かった)