えむと、メモランダム

読んだ本と出来事あれこれ

『裁判官も人である 良心と組織の狭間で』を読みました。

裁判官も人である 良心と組織の狭間で

2020年11冊目の読書レポートは『裁判官も人である 良心と組織の狭間で』(著 岩瀬達哉/講談社/初版2020年1月29日)。書店で目にして手に取りました。

世の中には様々な職業がありますが、裁判官はかなり遠い存在。「ベールに包まれている」という表現がぴったりです。

本書は、ジャーナリストである著者が、その裁判官の素顔を明らかにし、裁判所の内幕に迫ったノンフィクション。

足掛け4年、のべ100人を超える現役裁判官や元裁判官への丁寧な取材をもとに、裁判官の知られざる世界と日本の裁判制度の危うい実態が克明に綴られています。

本書でまず驚くのは、裁判官の身も心も縛ろうとする“人事”の凄まじさ。
「裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、憲法と法律にのみ拘束される。」という憲法の規定とは裏腹です。

事件の処理件数が裁判官の評価に影響するというのはまだしも、上司(組織)の意に沿わない判決を下せば、昇進もままならず、地方に飛ばされる。

その一方で、上司や組織の意を戴して(忖度して)振る舞えば出世の道が開けてくる。

これでは、裁判官といえども、というより裁判官だからこそ、身の処し方に悩んでしまうでしょう。

本書では、陰湿・冷酷な処遇にひるむことなく、自分の信念を貫く裁判官も描かれていて、裁判に“絶望”することはありませんが、それがかえって複雑な気持ちを募らせます。

そして、元最高裁長官矢口洪一氏の「三権分立は、立法・司法・行政ではなく、立法・裁判・行政なんです。司法は、行政の一部ということです」という言葉にも驚くばかり。

その意味は、「裁判部門は独立していても、裁判所を運営する最高裁の司法行政部門は“行政の一部”として、政府と一体になっている」ということ。

だとすると、学校で習った「三権分立」は幻想であり、「権力の乱用を防ぎ、国民の権利・自由を確保する」というその原理はお題目になってしまいます。

「原発訴訟」や「一票の格差訴訟」といった国の行く末を左右する裁判では、途中経過はどうあれ、国は最終的に負けるとは思っていないでしょう。

本書では他にも、冤罪や誤判の罪深い事実や裁判員制度がスタートした真相―誤判による国民の非難を回避するために構想され、最高裁は裁判所の予算を増やすために受け入れた―なども明らかにされています。

不都合な真実に、ため息しか出てきませんが、けれどそれで諦め、傍観しているだけでは、正義に基づいた公正、公平な裁判は、さらに遠のいてしまうかもしれません。

裁判に関心を持ち、「フラワーデモ」がそうであったように、おかしな判決には声をあげていく。

その声が必ず届くわけではないでしょうが、私たちの意識や行動が、日本の裁判制度の健全化につながっていくことを、心に留めたいと思います。

ところで、今個人的に関心があるのは、大崎事件の第4次再審請求の行方と、著作権使用料をめぐる音楽教室とJASRACの争いに対する知財高裁の判断。

願わくは、「やっぱりか」と失望するのではなく、希望の光を見たいものです。

『画文集 芸人とコメディアンと』を読みました。

画文集 芸人とコメディアンと

2020年10冊目の読書レポートは『画文集 芸人とコメディアンと』(著 高田文夫 峰岸達/二見書房/初版2019年12月25日)。

SNSで本書のことを知り、新宿の紀伊國屋書店本店で購入。著者お二人の直筆サインカードがついていました。

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本書は、戦後の名だたる芸人やコメディアンを取り上げ、高田先生がエピソードを綴り、峰岸先生がイラストを描いた“画文集”です。

登場するのは高田先生が選び抜いた、エノケン・ロッパ・金語楼に始まる31組。

伴淳三郎、清川虹子、森繁久彌、三木のり平、フランキー堺、渥美清、三波伸介、伊東四朗、樹木希林、イッセー尾形といった喜劇人たち。

落語家では、志ん生、三平、志ん朝、談志に鶴瓶。

漫才・コントの芸人では、トニー谷、脱線トリオ、クレージーキャッツ、コント55号、ザ・ドリフターズ、やすし・きよし、BIG3のタモリ、たけし、さんま。

そして清水ミチコ、ダウンタウン、爆笑問題、サンドウィッチマン、ナイツといったちょっと若い面々と吉本新喜劇。

多くは「昭和の時代」を彩り、一世を風靡した人たちですが、子供の頃から落語や漫才、コメディが好きだった私にとっても納得の豪華メンバー。

さすがに、エノケン・ロッパ、志ん生はよく知りませんが、名前を見ているだけでも楽しくなります。(ちなみに金語楼はNHKのTV番組「ジェスチャー」で見ていたことを覚えています。)

もちろん、高田先生ならではの話はすこぶる面白く、お笑いの歴史を知るうえでも貴重なもの。

小さい頃、森繫久彌さんの家に忍び込んだとか、三木のり平さんとよく飲んでいたといった“秘話”は、さすが先生といった感じです。

一方、峰岸先生の味のあるイラストは言うまでもなく秀逸。見ているだけで笑いがこぼれてきますが、「スチャラカ社員」、「てなもんや三度笠」を欠かさず見ていたことや、タモリの懐かしい「芸」のことなど、先生のコメントも心に残りました。

本書に登場したのはほんの一握り。記憶に残る芸人、コメディアンはまだたくさんいます。ぜひ本書の第二弾、第三弾を期待したいところです。

ところで先日、新型コロナウイルスによる肺炎のため、志村けんさんが亡くなられ、日本中が驚きと悲しみに包まれました。

志村さんといえば「ザ・ドリフターズ」。ただ、志村さんの頃の「8時だヨ!全員集合」はあまり見ておらず、私の場合フジテレビの「ドリフ大爆笑」の方が印象的。

数年前、NHKで放送された「となりのシムラ」で志村さんが演じた“普通のおじさん”のコントも忘れ難いものです。

峰岸先生のイラストでは、まだ若く、やんちゃな感じが窺える志村さんが描かれていますが、悲しみとともにこのイラストを見返すことになるとは、思ってもいませんでした。

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ご冥福を心からお祈りいたします。

『エリザベス女王 史上最長・最強のイギリス君主』を読みました

エリザベス女王-史上最長・最強のイギリス君主 (中公新書)

2020年9冊目の読書レポートは『エリザベス女王 史上最長・最強のイギリス君主』(著 君塚直隆/中公新書/初版2020年2月25日)。書店で目にして手に取りました。

世界に数ある王室の中でも、イギリス王室ほど注目度が高い存在はないでしょう。

最近ではヘンリ王子とメーガン妃の王室離脱問題が大きなニュースとなりましたが、エリザベス女王の下した決断も耳目を集めました。

本書は、そのエリザベス女王の人生を、イギリスの現代史を辿りながら綴ったもの。

突然の父の死により、わずか25歳で王位を承継。それから68年間、多くの困難や試練に遭遇しながらも常に国家と王室のことを考え、精力的に活動する姿が様々なエピソードとともに描かれています。

昨年、君塚先生の『立憲君主制の現在―日本人は「象徴天皇」を維持できるか』(新潮選書)を読み、イギリス国王はイギリスの政治、外交に強い影響力を持っていることを知りました。

本書はそれを具体的に示すものともいえ、歴代の首相選定に深く関わる、こじれた外交関係を修復する、イギリス連邦加盟国の結束を呼びかける、南アフリカのマンデラ氏釈放に陰ながら手を貸す…。

女王の力は大きく、第二次世界大戦後のイギリスのプレゼンス保持に大きな役割を果たしてきたことがよくわかります。

ただ決して力を振り回すのではなく、深い洞察力で相手のことを考え、目配りしながら振る舞うところが、エリザベス女王の本領に違いありません。

「女王陛下はすべての人を包み込んでしまうくらいの特大級の帽子を持っている」というイギリス外相の言葉は女王の人間性を伝えるもので、心に残りました。

その一方、王室をめぐるトラブルは、女王といえども大変です。

ダイアナ妃の事故死めぐる対応で国民から非難を浴び、王室の支持率が急落するとは、思ってもいなかったでしょう。

しかしその後、国民の批判に耳を傾けて様々な改革に着手。また王室の広報も工夫。その結果国民の支持は回復しますが、国民と向き合うため、Webサイトはもちろん、ユーチューブ、ツイッター、インスタグラムまで駆使するのは、時代を象徴するもので、女王の手腕とともに目を引きました。(先日も、ツイッターを使って、新型コロナに対する女王の声明が発表されました。)

伯父のエドワード8世の「王冠を賭けた恋」がなければ、就かなかったかもしれない王位。女王が誕生したのは運命の悪戯だったかもしれません。

けれど本書を読んで、その巡り合わせは、第二世界大戦後のイギリスにとって“最大の幸運”だったと思わずにはいられませんでした。

ところで本書の「あとがき」によると、君塚先生は本書の執筆にあたり、王室文書館の使用・閲覧の許可をエリザベス女王からいただいたそうです。

内容とは関係ないことですが、ちょっと驚きました。