えむと、メモランダム

読んだ本と出来事あれこれ

『戦国大名の戦さ事情』を読みました。

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2021年6冊目の読書レポートは『戦国大名の戦さ事情』(著 渡邊大門/柏書房/装丁 藤塚尚子/初版2021年1月10日)。書店で目にして手に取りました。

NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』が、先週とうとう終わってしまいました。

明智光秀役の長谷川博己さんはもちろん、織田信長役の染谷将太さんの演技が楽しみで、毎週欠かさず見ていただけに、今もちょっと残念な気分です。

本書は、戦国時代の合戦のシステムや実態を、日本史学者である著者が明らかにするもの。

将兵の動員方法や戦場への持ち物、求められる軍装と武器の使い方、将兵が守るべき掟(軍法)、兵糧の調達・運搬方法、軍師の仕事と“陣形”の真偽、野戦や攻城戦の実相、そして戦いの結末の姿。

あまり知られていない“戦いの舞台裏”を、様々な一次史料を紐解きながら探っていきます。

兵員の動員数や持ち物は武将の所領規模に応じて内容が違っていて、米を使った“インスタント食品”も携行した。

相手から侮られないようにするために軍装は統一した。

槍は万能でコスパも良く、主要な武器だった。

補給を担当する「小荷駄隊」なくして、戦うことはできなかった。

戦国時代にあったとされる陣形(「魚鱗」、「鶴翼」、「雁行」など)は、机上の学問に過ぎず、本当に実戦で使われたか疑わしい。

「桶狭間の戦い」や「長篠の戦い」といった有名な戦いも、実際どのように行われたのかよくわかっておらず、論争がある。

大将や上級武将を打ち取った場合は、兜と首がセットでないと、手柄の評価が低くなった。

戦場では物や人の略奪(乱取り)は軍事慣行として認められていて、戦闘よりそれが目的の将兵もいた…。

紹介される話は初めて知ったことばかり。戦国時代の合戦といえば、映画やテレビドラマで見る“物語の世界” のイメージしか持っていなかったので、“戦いのリアル”は興味深いものがありました。

それにしても、兵糧攻めの惨たらしい様子、乱取りにあって売り飛ばされる「足弱」(女性、老人、子供)、戦い敗れた大名とその家族を待ち受ける悲劇、そして過酷な落ち武者狩りなど、戦国の世の習いとはいえ、勝者と敗者、強者と弱者の落差は大きく、痛ましさを感じます。

ドラマなどで、武将が「戦いのない世をつくりたい」とつぶやく場面を目にすることがありますが、それは決して作り話ではなく、心からそう願っていたと思えてなりません。

『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』を読みました。

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2021年5冊目の読書レポートは『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(著 宮崎伸治/三五館シンシャ//初版2020年12月1日)。

今の仕事の関係で、「出版界の暗部に斬りこむ天国と地獄のドキュメント」という帯コピーが気になり、手に取りました。

本書は、かつて出版翻訳家として活躍していた著者が、そのデビューから足を洗うまでの顛末(「天国」と「地獄」)を綴ったもの。

著者は、20代で出版翻訳家の道を考え始め、大学職員、英会話講師など英語に関係する仕事を重ねながら、イギリスの大学院にも留学。

その後念願叶い、出版翻訳家となってベストセラーも生み出し、30代の10年間には50冊もの単行本を手がけるほどになります。

ところが、ある出版社の仕事をめぐってトラブルとなり、著者は本人訴訟を提起。

結局、出版社が非を認めたことで裁判は和解となりますが、これが引き鉄となって著者は精神的に疲弊し、出版翻訳家としてのキャリアに見切りをつけてしまいました。

本書では、この裁判のことだけでなく、出版の延期や中止、印税のカットといった出版社との数々のトラブルと、そこで繰り広げられた編集者たちとの生々しいやり取りが明らかにされています。

出版社からすると、予定通りに本が出版できないというのは、決して珍しいことではありません。

本書に登場する出版社・編集者も、著者には本当のことが言えないほどの“深い事情”を抱えていたのかもしれません。

ただ例えそうであったとしても、本書を読む限り、出版社の身勝手な姿勢には疑問を感じることが多く、著者がその理不尽さに憤慨するのも無理ないと思ってしまいます。

著者の話からすると、事情はどうあれ、編集者が著者の身になって、もう少し誠意をもって接していたら、事態は変わっていたはず。

本書の読者の感想には、出版業界に対するネガティブな意見が多くみられるだけに、とても残念です。

もちろん、出版社や編集者が全部同じということはなく、本書のエピソードも最近のものではありません。

けれど、出版社・編集者には、本書に書かれている出来事を他山の石として、またライター、デザイナー、装幀家など出版を支えている人たちとの関係も大切にして、同じような汚名を着せられないよう、心してほしいものです。

ところで、本書では「出版契約書」を締結することの重要性が語られています。
また出版契約書については、「先に契約書を交わさないのはおかしい」という声もよく聞かれます。

確かに、日本書籍出版協会の調査によれば、著者がフル活動していた頃の出版契約書の締結率は、1997年46.6%、、2005年59.6%と今一つでした。

しかし、その後2011年には77.2%となり、恐らく現在はもっとアップしているはず。

一方、契約書が遅くなるのは、決して出版社がいい加減というわけではなく、契約書に記載する、定価、発行部数、発売日などがすぐには決まらないことが影響しているから。

この二つのことは、声を大にして言いたい気分です。

『東京の編集者 山高登さんに話を聞く』を読みました。

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2021年4冊目の読書レポートは『東京の編集者 山高登さんに話を聞く』(著 山高登/夏葉社/装丁 櫻井久 中川あゆみ/初版2017年4月25日)。

地元、くまざわ書店武蔵小金井北口店の“夏葉社フェア”で買い求めました。ちなみに、大型書店とまではいきませんが、このお店の品揃えはなかなかのもので、私にとっては頼りになる存在です。

本書は、新潮社の元編集者で、その後木版画家として独立された山高登氏の話を、夏葉社の代表である島田潤一郎さんが聞き書きした一冊。

山高氏の半生や、担当した作家との数々のエピソードが、時を超えて綴られています。

山高氏が新潮社に入社し編集者になったのは、戦後間もない昭和22年。
そのため本書に登場する作家は、山本有三、林芙美子、高浜虚子、水上勉、内田百閒、尾崎一雄、志賀直哉、井伏鱒二など、私にとっては、歴史上の人物がほとんど。

それだけに、失意のどん底にあった若き日の水上勉の姿、東京駅のステーションホテルでの内田百閒との食事風景、出来上がった本を毎晩枕元で見ていた志賀直哉、間合いが絶妙な井伏鱒二のジョーク…。

山高氏ならではの話から、作家たちの知られざる一面を窺い知ることができて、興味深いものがありました。

一方、仕事ぶりから伝わってくる山高氏の人柄や、「美しい本をつくりたい」という思いも心に残るもの。作家たちから信頼されていたことが、よくわかります。

今はもう、山高氏のような編集者は、なかなか見つからないかもしれません。

ところで本書には、山高氏が昭和30年代の東京を撮影したモノクロ写真、山高氏が関わった書籍の書影、そして山高氏が作った書票(蔵書票)も収録されています。

写真は時代の空気を感じさせるもので、書影や書票はどれも印象的。
特に井伏鱒二の『鞆ノ津茶会記』の書影には心が引かれ、レトロ感たっぷりの書票には何ともいえない魅力を感じました。

140頁ほどの本ですが、忘れがたい一冊になりそうです。

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井伏鱒二『鞆ノ津茶会記』(福武書店・函入)

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山高登氏書票