えむと、メモランダム

読んだ本と出来事あれこれ

『教養は児童書で学べ』を読みました

教養は児童書で学べ (光文社新書)

2017年70冊目の読了は、『教養は児童書で学べ』(出口治明/光文社新書 初版2017年8月20日)です。書店で目にして、手にとりました。

本書は、ライフネット生命の創業者であり読書家でも有名な出口治明さんが、大人が読んでも楽しめる児童書を取り上げて、その読みどころを大人向けに解説したものです。取り上げているのは、『はらぺこあおむし』、『西遊記』、『アラビアン・ナイト』、『アンデルセン童話』、『さかさ町』、『エルマーのぼうけん』、『せいめいのれきし』、『ギルガメシュ王ものがたり』、『モモ』、『ナルニア国物語』の10冊。私にとっては、小さい頃に読んだことがある作品、タイトルだけ知っている作品、本書で初めて知った作品と様々です。

出口さんは各作品について、作品が子どもたちに与えるもの、あるいは作者が子どもたちに伝えたいこと、そして大人が考え、学ぶべきことを、ご自身の視点から解き明かしています。「なるほど、そんな読み方ができるのか」と感心するばかりで、児童書をここまで読み込むのはさすがと言わざるを得ません。『西遊記』や『アラビアン・ナイト』などはもう一度読みたくなりました。

また本書では、作品の解説から少し離れて、出口さんが作品に関連して思うところを語ってもいます。
たとえば、『はらぺこあおむし』では、薬師寺の東塔を例にあげて、「くすんだような色を“詫び寂び”と称して日本の美だと解釈する人がいるが、お金がなくて塗り直さなかっただけだ」、『西遊記』では、「日本人(日本人の会社員)は本当に会社にロイヤリティが高いか疑問であり、面従腹背ではないか」、また『アラビアン・ナイト』では、「アラブの文化はあらゆるジャンルでヨーロッパ文化の淵源になっていて、アラブ社会は本来文化的に洗練されていた世界だ」、さらに『さかさ町』では産業構造の変化にまで話が及び、「これからは楽しくワクワク働かないといい仕事ができない」といった具合です。このちょっとした話もとても面白く読みました。

本書を読みながら、小学生の頃「十五少年漂流記」や「ロビンソン漂流記」が面白くて、ワクワクしながら何度も読み返したことを懐かしく思い出しました。本が好きになったのは、そんな体験があったからかもしれません。

読後感(おもしろかった)

『男の作法』を読みました

男の作法 (新潮文庫)

2017年69冊目の読了は『男の作法』(池波正太郎/新潮文庫 初版昭和59年11月25日)です。書店のホームページで知って手にとったのですが、読むのが後回しになってしまいました。この作品は、昭和56年当時のごま書房から発刊され、昭和59年に文庫化されたものです。小説でもないのに35年以上の長きに渡って読み継がれていて、手にしたものは97刷でした。

本書は、池波正太郎さんが考える「男の常識」的なものを、語りおろしというスタイルでまとめたエッセイです。タイトルの通り、作法-食べ方、飲み方、着こなしかた、住まい方といったこと-が主だったテーマですが、話はそれに留まらず、日常生活の細々したことや人間関係、人生観等々多岐に渡り、池波さんが軽妙に語っています。話題に「長嶋監督」「広岡監督」といった言葉が出てくるのは、さすがに時代を感じさせますが、内容は今読んでも「なるほど」と思う話ばかりで、本書が版を重ねている理由がよくわかります。

また随所に、池波さん独特の印象的なフレーズに出てきて心に残ります。-「人間とか人生とかの味わいというものは、理屈では決められない中間色にあるんだ。」、「人間という生きものは矛盾の塊りなんだよ。死ぬがために生まれてきて、死ぬがために毎日飯を食って。」、「自分のまわりのすべてのものが、自分をみがくための〈みがき砂〉だということがわかる。」-あげたら切りがありませんが、こういった言葉も本書の魅力です。

池波さんは本書で、他人に対する気配り・心配りの大切さを一貫して言っています。作法といっても、人として大切なものが備わっていなければ、結局は何の意味もないのだと思います。

読後感(おもしろかった)

『写真家 沢田教一展-その視線の先に』に行ってきました

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会社の帰りに一足延ばし、日本橋の髙島屋で開催中の写真展『写真家 沢田教一展-その視線の先に』に行ってきました。

この写真展は、ベトナム戦争で必死に川を渡る親子の姿を撮影した『安全への逃避』でピュリツァー賞を受賞し、1970年カンボジアで取材中に34歳で殉職した写真家・沢田教一の回顧展です。

会場では、戦場での写真に加え、故郷青森の風景や東南アジアの人々をとらえた写真など約150点が展示されています。そのなかで、目をひくのはやはりベトナム戦争で撮影した兵士や市民の写真。戦争初期には比較的穏やかだったアメリカ兵の表情が、戦争が泥沼化していくなかで、眼光鋭く険しいものになっていく様子は心に強く残り、何の罪もない一般市民の悲しげな表情は胸にせまります。

もっとも、沢田さんはそんなつらい写真だけをねらっていたわけではなく、奥さんのサタさんには、「そこに生きる人々を、風土を撮りたい」と言っていたそうです。作品には、子供たちの笑顔や日常風景を撮影したものもあり、その思いが伝わってきます。
また会場では、愛用のカメラ、使っていたヘルメット、直筆の手紙やメモといった遺品も展示されているのですが、それらをじっと見ていると、戦場の沢田さんが目の前にいるような気がしてきました。

ベトナム戦争が終結して40年以上が経ち、戦争の記憶もどんどん遠のいていきます。沢田さんのことを知る人も少なくなっているかもしれません。しかし本写真展を見て、沢田さんの業績は決して忘れてはいけないものであり、できるだけ多くの人に作品を見てもらいたいと心から思いました。
順路の最後に、サタさんが撮影した印象的な写真が数点展示されています。沢田さんに静かに寄り添っているようでした。