えむと、メモランダム

読んだ本と出来事あれこれ

『シベリア抑留 最後の帰還者 家族をつないだ52通のハガキ』を読みました

シベリア抑留 最後の帰還者 家族をつないだ52通のハガキ (角川新書)

2018年11冊目の読了は、『シベリア抑留 最後の帰還者 家族をつないだ52通のハガキ』(栗原俊雄/角川新書 初版2018年1月10日)。新聞書評で知って買い求めました。シベリア抑留については、今から30年近く前に、辺見じゅんさんの『収容所から来た遺書』を読んでとても感動したこと、その一方で想像を絶する抑留生活に愕然としたことを今でもよく覚えています。

本書は、戦前の国策会社「南満洲鉄道株式会社」(満鉄)の社員であった佐藤健雄氏が、シベリア拘留中に家族に出した手紙17通と、妻と子供が佐藤氏に出した手紙35通を軸にして、新聞記者である著者がシベリア抑留の実態を明らかにしたものです。

シベリア抑留者は、帰国の際に手紙を持ち帰ることを禁じられていたので、家族が出した手紙が現存するのは奇跡的とも言えます。帰国の見通しが立たない苦しい状況の中で綴られた佐藤氏の家族への思い、そして妻と子供たちの佐藤氏への思いは、家族を結ぶ絆の強さを感じさせ、胸が熱くなりました。

しかし本書を読んでやはり心に残るのは、祖国に帰ることをただひたすら願い、飢えと寒さの中で重労働に耐える抑留者たちの姿であり、地獄のような抑留生活には言葉もありません。しかも、日本政府が同胞を賠償としてソ連に提供しようとしたことや、抑留者が日ソ交渉の“取引材料”にされたこと、また帰国しても抑留者に刻まれた傷は消えることがないことを知り、抑留者を襲った過酷な運命に改めて思いを致しました。

シベリア抑留では、約60万人もの人が拘束され、約6万人が亡くなり、まだ3万体以上の遺骨が異国の地で眠ったままだそうです。ところが本書でも触れているように、広島・長崎のような国民的な追悼式が開かれることもなく、また積極的に語り継がれるといったこともないため、世間の人たちのシベリア抑留に対する関心は高いとは言えません。しかし、戦争が終わったにもかかわらず帰国できなかた抑留者の無念を思うと、“抑留の悲劇”を歴史の片隅に追いやってはいけないのだと強く思います。

読後感(考えさせられた)

『大人のための言い換え力』を読みました

大人のための言い換え力 (NHK出版新書 538)

2018年10冊目の読了は、『大人のための言い換え力』(石黒圭/NHK出版新書 初版2017年12月10日)です。

本書は、国立国語研究所の教授で言語学者である著者が、表現を言い換える力(言換え力)は文書の質を高める基盤であり、また私たち大人にとって必須のコミュケーション能力だとして、その考え方と技術を身につけるための10の方法-①知的に言い換える ②わかりやすく言い換える ③正確に言い換える ④やわらかく言い換える ⑤ダイレクトに言い換える ⑥イメージ豊かに言い換える ⑦素直に言い換える ⑧穏やかに言い換える ⑨シンプルに言い換える ⑩言葉を尽くして言い換える-を具体的に紹介するものです。

仕事の関係で、「抗議状」や「お詫び状」といった気を遣うビジネス文書の作成を依頼されることがあるため、電子辞書はもちろん、『日本語 語感の辞典』(中村明/岩波書店)なども手元に置いていますが、それでもこちらの意図をどういう表現で伝えるか、いつも悩まされます。また昨年は、このブログがきっかけで文章を書くことの難しさを改めて実感し、文章技術的な本も何冊か読みましたが、それで自在に文章が書けるようになったかと言えば、決してそんなことはありません。

そんな事情もあり、書店で本書を目にしてすぐに買い求めたのですが、もちろん、一読しただけで10の方法を習得するのは無理な話です。しかし、日常的な表現を材料にしてわかりやすく解説されているだけでなく、設問を設けて読者に考えさせたり、図表を使用したり、章ごとの“まとめ”もあったりして、本の作り方も工夫されているので、数多くのヒントを得ることができました。

個人的には、「知的に言い換える」「正確に言い換える」「イメージ豊かに言い換える」「シンプルに言い換える」は参考になるところが多く、また表にまとめられた「話し言葉と書き言葉の接続詞対照表」「話し言葉と書き言葉の副詞対照表」「論文・レポートでよく使われる動詞一覧」は重宝しそうです。

辞書に加えて本書もそばに置き、折りにふれて読み返したいと思っています。

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(P96 「論文・レポートでよく使われる動詞一覧」の一部)

読後感(参考になった)

『行動経済まんが ヘンテコノミクス』を読みました

行動経済学まんが ヘンテコノミクス

2018年9冊目の読了は、『行動経済まんが ヘンテコノミクス』(原作:佐藤雅彦 菅 俊一 画:高橋秀明/マガジンハウス 初版2017年11月16日)。書店で目にして、手に取りました。

行動経済学の面白さは、人間の非合理的な経済行動を心理学の視点から解明するところにあり、昨年、シカゴ大学教授で行動経済学の権威であるリチャード・セイラ-氏がノーベル経済学賞を受賞して話題になりました。
本書は、私たちのその非合理的(ヘンテコ)な経済行動を23例取り上げて漫画で表現し、その行動原理を行動経済学によって説明するものです。

原作の佐藤氏は元電通のCMプランナーで、現在は東京藝術大学大学院の教授。菅氏は多摩美術大学の講師。本書の「あとがき」には、経済学者ではない二人が、行動経済学の本を出すことになったいきさつが書かれています。それによると行動経済学の面白さをどう表現するかで紆余曲折があり、結局「サザエさん」の世界を目指すことになって、この漫画が誕生したのだそうです。

なるほど、本書で紹介されている行動経済学の考え方は興味深いものがありますが、本書の一番の面白さは漫画そのものにあると言っても過言ではないかもしれません。ビジネス書のコミック版にありがちなストーリー漫画ではなく、ギャク漫画風の独特のタッチで描かれている作品はどれも強く印象に残り、漫画ならではの趣向を凝らした表現は感心させられるものばかりでした。
なかでも、イメージに囚われて偏った判断をしてしまう「代表性ヒューリスティック」をテーマにした第7話『ヘンテコ派出所の一日』は、先にセリフだけを示して読者にストーリーを想像させ、ページをめくると同じセリフと絵が描かれているというものですが、漫画でなければ難しい芸当であり舌を巻きました。

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《左(P46)はセリフだけ、右(P48)は絵とセリフ ※いずれも一部》

本書には漫画に関連したコラムや漫画にできなかったテーマの解説もあって、行動経済学の入門には恰好な本だと思いますが、漫画の楽しさも同時に味わうことができて、“お得”な一冊であることは間違いありません。

読後感(とても面白かった)