えむと、メモランダム

読んだ本と出来事あれこれ

『遺伝か、能力か、環境か、努力か、運なのか 人生は何で決まるのか』を読みました

遺伝か、能力か、環境か、努力か、運なのか: 人生は何で決まるのか (平凡社新書)

2018年45冊目の読了は、『遺伝か、能力か、環境か、努力か、運なのか 人生は何で決まるのか』(著 橘木俊詔/平凡社新書 初版2017年12月15日)。

人生を400メートルトラックに例えるなら、自分が走るのはせいぜいあと100メートルくらい。子供の教育もとっくに終わり、昇進・昇格も全く関係ない身になったので、自分には関係ないテーマかなとも思いましたが、これまでの人生・経験を振り返ってみるうえで面白そうなので、手に取りました。

本書は、京都大学の名誉教授で、労働経済学の専門家である著者が、人生は「遺伝」、「能力」、「環境」、「努力」、「運」どの境遇によって決まっていくのか、国内外の文献・研究資料などをもとに、検討を行っているものです。経済学とはかけ離れたテーマに思えますが、著者は「格差問題」の研究で著名であり、現在の格差社会におけるこれらの境遇の考え方を示しています。

本書では、それぞれの境遇について、興味深い話がたくさん出てきます。
人間の知能と性格を比核した場合、性格の方がはるかに遺伝性は高い。運動能力には遺伝がかなり重要である。数学的能力は生まれながらの素質で決まる確率が高いが、言語的能力(話し方・文章力)は生まれながらの素質は重要ではなく、育った環境や教育によって向上させられる確率が高い。家庭や学校の教育次第によって学業成績を上げることは可能。遺伝ないし環境だけで決まる性格は存在しない(性格については遺伝・環境の役割は半々)。アメリカの調査では、何らかの良い特性を持っている人(美形の人)はそうでない人より高い所得を得られている。

もちろん、これらの事実はひとつの調査結果に過ぎず、まして人生は「遺伝」、「能力」、「環境」、「努力」、「運」のどれかひとつによって、すべてが決まるものではありません。しかし、人生はそれらが織りなされているものであり、著者が言うように、示されている事実は冷静に受け止めることが必要なようです。

著者は、「自分の境遇を諦めずに努力することが大切であり、希望がある限り、多くの場合努力が成功への道につながる。ただし、闇雲に頑張るのではなく、自分の能力と特性に合致した合理的な努力が必要だ。」と語っています。

著者のいう合理的な努力をしていたら、自分の人生ももう少し変わったかもしれませんが、今更どうなるものでもありません。ただしこの先、何の努力もしないままゴールを目指して走り続けるのは、体にも頭にも良くなさそうです。

読後感(面白かった)

『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』を読みました

 軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い

2018年44冊目の読了は、『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』(松本 創/東洋経済新報社 初版2018年4月19日)。書店で目にして、手に取りました。

自分の記憶に残る大きな事件・事故はいくつかありますが、2005年4月に起きたJR西日本福知山線での脱線事故もそのひとつです。快速電車がカーブを曲がりきれず脱線し、線路脇のマンションに激突。死亡者107名、負傷者562名という大惨事となりました。そのときの光景は今も脳裏に焼きついていますが、「日勤教育」という言葉が当時話題になったことも覚えています。

本書は、この事故で妻と妹を亡くし、娘が重傷を負った都市計画コンサルタント淺野弥三一氏のJR西日本との十数年に渡る闘いの軌跡を、ノンフィクションライターである著者が丁寧に綴ったものです。

淺野氏は、事故直後、愛する人との突然の離別から喪失感に襲われます。しかし、事故は「運転士のミス」だとするJR西日本の主張に納得せず、“遺族の社会的責務”だとして、自らが先頭に立って、JR西日本に対し原因の検証と説明、組織の変革、安全体制の構築を求めることになります。

“遺族の社会的責務”は、淺野氏が思わず発した言葉です。原因究明の責任を遺族が負うというのは理屈に合いませんが、「非常に硬直した、官僚主義の、表面上の言葉とは裏腹に、本質的な部分では自分たちの責任や誤りを決して認めず、絶対に譲歩しない組織」であるJR西日本と闘っていくという淺野氏の覚悟であったのかもしれません。

JR西日本との交渉は難航しますが、2006年にJR西日本の社長に就任した山崎正夫氏との出会いにより事態が変化。さまざまな曲折を経ながら、遺族とJR西日本による事故の共同検証が行われることになり、そこでの議論を通して、淺野氏の思いが結実していくことになります。

言葉にすると簡単ですが、道のりの厳しさは並大抵ではなかったはずです。共同検証の結果が2冊の報告書にまとめられ、会合の席で、淺野氏が事故のことと「なぜ」を問い続けた9年間を語る場面がありますが、淺野氏の長かった日々が思い起こされ、胸に迫るものがありました。

本書には、JR西日本の「天皇」と呼ばれ、事故当時は相談役だった井出正敬氏のインタビューが収録されています。井出氏は、事故は個人の責任であり、会社の責任、組織の責任などあり得ないという主張を今も崩しておらず、それは、当時のJR西日本の安全教育のベースにもなっていました。

個人より組織が大切、問題が起きても責任は組織ではなく個人が負うというのは、JR西日本に限らず、日本の企業・官公庁ではよく目にすることです。しかも、組織の力は底知れず、その体質は簡単に変わるものではありません。

そう考えると、対話を重ねながら“組織の常識”に風穴をあけ、JR西日本の安全思想を根底から変えた淺野氏の尽力には頭が下がります。淺野氏によって刻まれた貴重な道筋ですが、得体の知れないものに消されることなく、いつまでも続いてほしいと願うばかりです。

読後感(よかった)

『世界報道写真展2018』

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東京都写真美術館で開催中の『世界報道写真展2018』へ行ってきました。

本展は、報道やドキュメンタリー写真を対象として、オランダの世界報道写真財団が行う「世界報道写真コンテスト」の入賞作品を展示するものです。

会場では、「現代社会の問題」「環境」「一般ニュース」「長期取材」「自然」「人々」「スポーツ」「スポットニュース」の8部門における単写真と組写真それぞれの入賞作品が展示されています。

大賞は、「スポットニュース」の部単写真で1位となったロナルド・シュミット氏の作品で、ベネズエラでの、大統領への抗議行動中に火だるまになったデモ参加者を捉えた1枚。(本展のパンフレットに掲載)

そのほか、ロヒンギャ難民の悲惨な状況、イスラム国からのモスル奪還を巡る戦闘に巻き込まれる市民や街の姿、ラスベガスの音楽フェスティバルでの銃乱射事件の惨状、ロンドンで起きたスポーツ用多目的車(SUV)の暴走事故現場、イスラム過激派「ボコ・ハラム」に誘拐された少女たちなど、どの写真も衝撃的で目が奪われ、心に迫るものがありました。

その一方で、世界の主要都市での廃棄物処理の様子や、オランダでの革新的な農業技術による食糧生産の様子といった写真は、今の時代を映し出していて印象的。また、ケニアでの子象の保護活動を記録した写真などは、重い気持ちを少しほっとさせてくれます。

それでも、見終って心に残ったのは、今の世界は暴力と矛盾に満ちているという現実。そして、世界は知らないことだらけということを、改めて思い知らされました。

展示された写真で十分かとも思ったのですが、せっかくなので、図録(写真集)を買って帰りました。