えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『<美しい本>の文化誌 装幀百十年の系譜』を読みました

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2020年30冊目の読書レポートは『<美しい本>の文化誌 装幀百十年の系譜』(著 臼田捷治/ブックデザイン 佐藤篤司/発行 Book&Design/初版2020年4月25日)。

新聞の書評欄で知って買い求めたものの、2カ月近く積読状態。けれど読み終えるのに時間はかかりませんでした。

本書は、雑誌『デザイン』の元編集長で、文字文化、グラフィックデザイン、現代装幀史などの分野で執筆活動をする著者が、夏目漱石に始まる日本の装幀文化110年の歴史を紐解いた一冊。

装幀文化を彩った350冊の本を取り上げて、時代性や装幀の特色(見どころ)などを丁寧に解説。

また装幀に密接に関係する用紙や文字組、文字フォントなどについても、その変遷や様々な取り組みを詳しく紹介しています。

私自身、長く出版社に勤めましたが、編集の仕事はとうとう未経験のままで退職。

編集実務には疎く、装幀などもちろん門外漢。本書の登場人物は、有名な作家を除けば、初めて知った人たちが大半でした。

けれど、著者の深い見識と愛情に満ちた装幀にまつわる様々な物語は、そんな私でも興味は尽きず。

プロの装幀家だけでなく、グラフィックデザイナー、画家、版画家、著者自身、編集者、建築家、音楽家、ファッションデザイナーなど、多様な人たちによって紡がれたてきた装幀文化の豊かで、奥深い世界にすっかり引き込まれてしまいました。

また、「装幀は時代の精神や空気を映す器であるとともに、文学(テキスト)と美術(意匠)とが響き合っている」(杉浦康平)

「装丁の役割は、書店で人々の心を本に誘いこむ事である。しかし、それは商品としての本という事からだけではない。言語という表現手段で表された本という物は、一人一人の読むという行為の内で真に一冊一冊の本という物になるのだと考えているからだ」(菊地信義)

「その紙の集積からなる本を、装幀は魅力ある<かたち>に仕立てて読み手に差し伸べる。そして、美しい本が語りかける<言葉>はテキストと一体となって、読者それぞれのうちで<生きられる>存在となるのだ」(著者)

本と装幀と関係について語られた言葉は心に強く残るもの。本好きでありながら、ほとんど気にかけてこなかった装幀の重要性を、しっかりと認識することになりました。(ちなみに、今回から装幀者の名前を記すことにしました。)

それにしても、本書に登場する装幀は、著者が選んだだけあってどれも印象的で、目を奪われます。(書影撮影 佐藤康生)

与謝野晶子『みだれ髪』(装幀 藤島武二)のデザインは、100年以上経った今でも斬新。

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村上春樹自装の『ノルウェイの森』の存在感は圧倒的です。。

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ちょっと驚いたのは、作曲家武満徹の装幀による本があったこと。

著者によれば「暗緑色のにじみが示す、空気の波動のような澄んだ気配がこの上なくエレガント」。武満の音楽が、そのまま本から聴こえてくるような佇まいです。

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ところで本書では、電子本に関係して、生物学者の福岡伸一先生の話が紹介されています。

福岡先生によれば、「コンピュータやスマホ上の文字は、電気的な処理により絶えず細かく震えていて、紙に印刷された文字ではありえない緊張を脳に強いているはず。安心して読める阻害要因になっている」とのこと。

「じっくり読むには紙がよく、頭にもよく入る」のだそうです。

私自身、電子本はどうも苦手。それは単なる慣れのせいかと思っていましたが、ちゃんと理由があることがわかり得心が行きました。

それはともかく、紙の手触りや装幀の美しさは本(読書)の愉しみを増すもの。本書を読んで、「読むなら紙の本」という思いがますます強くなりました。