えむと、メモランダム

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パルコ・プロデュース2022『セールスマンの死』を観劇

渋谷のPARCO劇場で上演中の、パルコ・プロデュース2022『セールスマンの死』を観ました。

『セールスマンの死』は、アメリカの劇作家アーサー・ミラーの代表作のひとつ。日本では1954年に初演され、滝沢修、久米明、仲代達矢、風間杜夫といった名優が主演を務めています。

今回の公演で、主人公のセールスマン「ウィリー・ローマン」を演じるのは段田安則さん。妻リンダを鈴木保奈美さん。長男ビフを福士誠治さん。次男ハッピーを林遣都さん。ウィリーの兄を高橋克実さん。そしてウィリーの友人を鶴見辰吾さん。この配役を見て、チケットを申し込まないわけにはいきませんでした。

この作品は、ウィリーとその家族をめぐる物語。

ウィリーは自分の成功と家族の幸せを信じ、誇りを持ってセールスの仕事を続けてきたものの、63歳となり成績は低迷し、会社からは疎まれる存在に。

一方、家庭では自立できない息子たちの姿に悩み苦しみ、家のローンなど様々な支払いに追われる日々。

思い描いた理想の人生がもろくも崩れてしまい、「こんなはずではなかった」と思いながら最期は死を選んでしまいます。

なんともやり切れない話ですが、過酷な競争、老いの現実、親子の葛藤、家庭崩壊、若者の挫折といった現代社会の一面を描くもので、観る者を引き付けて離しません。

段田さんは、夢破れ、突きつけられた現実に打ちひしがれ、哀感が漂うウィリーを体現。

私自身、ウィリー、段田さんと同世代ということもあって、その姿はとても他人事とは思えず、胸に迫るものがありました。

また、福士さんと林さんの、長男次男それぞれの個性を際立たせた演技も印象的。なかでも、福士さん(ビフ)が父親のウィリーに向けて、自分の本当の姿をみてほしいと訴える場面は息をのむもので、痛切な心の叫びは今も耳に残っています。

物語のラスト、ウィリーは舞台中央に置かれた冷蔵庫の中に消えていきます。この物語を象徴するような、衝撃的な情景でした。

『物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国』を読みました。

読後ノート2022年No.11は、『物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国』(著者 黒川祐次/中公新書/初版2002年8月25日)

ロシアのウクライナ侵攻が始まって2カ月が経ちますが、停戦の見通しは立たず、市民の犠牲は拡大するばかりで心が痛みます。

本書は、ウクライナの大使も務めた著者が、ウクライナの歴史をたどりながら、国の姿かたちを明らかにするもの。

紀元前のスキタイの時代から、1991年の独立まで、時代ごとの権力の動きや政治のしくみ、社会の様相、代表的な人物、特徴的な文化などが簡潔に紹介されています。

「ウクライナ」といっても、今まで特に関心を持ったこともなく、頭に浮かぶのは、ソ連邦の一員だったことや、小麦の産地といったくらいのもの。

9世紀頃、ウクライナの地に「キエフ・ルーシー公国」が建国されたものの、モンゴルの侵攻以降、ウクライナは周辺の国家・民族に脅かされ、従属させられ、支配され続けてきたこと。

そして1991年、ソ連邦からの独立によって、夢だった「真の独立」がようやく現実になったことを改めて知りました。

それだけに、独立が脅かされている今の事態は、ウクライナの人々にとって屈辱的なことに違いありません。

本書では、ウクライナの文学者タラス・シェフチェンコ(1814~61)の『遺言』という詩が紹介されています。

シェフチェンコは、ウクライへの愛情とウクライナの隷従からの解放を真摯かつ直截歌い、またロシアに対する怒りも大きかったそうですが、強く心に残ったのはこの作品の次の一節。

 わたしを埋めたら

 くさりを切って 立ち上がれ

 暴虐な 敵の血潮と ひきかえに

 ウクライナの自由を

 かちとってくれ

 そしてわたしを 偉大な 自由な

 あたらしい家族の ひとりとして

 忘れないでくれ

 やさしい ことばをかけてくれ

(訳 渋谷定輔・村井隆之)

まさに今のウクライナが思い起され、何ともいえない気持ちになりました。

ところで、朝日新聞に掲載された、岩下明裕・北海道大学教授のインタビュー記事によると、ウクライナ侵攻の背景には、脈々と続くロシアの大国主義と、プーチン大統領の「ポスト冷戦期の新しい秩序作りへの挑戦」があるようです。

いかにもありがちな振舞いですが、どんな理由があるにせよ、勝手に武力侵攻し、平穏な暮らしを破壊し、罪のない人々の命を奪うなど、理不尽極まりないことで、許されるはずがありません。

一刻も早く停戦してほしいと願うばかりです。

 

オペラ『魔笛』鑑賞

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昨日(16日)、モーツアルトのオペラ『魔笛』を新国立劇場で鑑賞しました。

『魔笛』は数あるオペラの中でも絶大な人気を誇る作品。昨日も客席はたくさんの人で、お子さん連れも見かけました。

今回の公演は、2018年にウイリアム・ケントリッジの演出で行われた舞台の再演ですが、私は初めて。

プロジェクションで映し出される様々なドローイング。思いがけない時代設定と衣装。カメラや黒板といったモチーフ。

『魔笛』を何度も観たわけではありませんが、歌と映像で繰り広げられる舞台は印象的で、すっかり心を奪われました。

とはいえ、オペラの主人公は言うまでもなく出演者の歌唱。パミーナを演じた砂川涼子さんの澄んだ歌声と、タミーノを演じた鈴木准さんの伸びやかな歌声に聞き入り、夜の女王を演じた安井陽子さんの歌声には圧倒されました。

有名な『夜の女王のアリア』は、プロジェクションの効果で幻想的なイメージがふくらみ、今も耳から離れません。

ところで、物語の終盤、タミーノとパミーナが再会し、試練に挑戦する場面で思わず目にとまったのが、字幕に出てきた「音楽の力で夜の闇を通り抜ける」(少し違っているかもしれません)というセリフ。

ストーリーとは関係ありませんが、コロナ禍で苦しんだ多くの音楽家のことを思ってしまいました。