えむと、メモランダム

読み散らした本と出来事あれこれ

『アウシュヴィッツの歯科医』を読みました

アウシュヴィッツの歯科医

2018年25冊目の読了は、『アウシュヴィッツの歯科医』(ベンジャミン・ジェイコブス 著 上田祥士 監訳 向井和美 訳/紀伊國屋書店 初版2018年2月15日)。書店で目にして、手に取りました。

著者のベンジャミン・ジェイコブス氏は、1919年ポーランド西部の小さな町のユダヤ人家庭に生まれ、1941年、歯科医の勉強をしてまだ1年目の21歳のときに、ナチスドイツにより、父親とともに強制収容所に連行されます。しかし、母親が持たせてくれた歯科治療用の道具箱のおかげで、アウシュヴィッツなどいくつかの収容所で「歯科医」として働くことができ、運よく生き延びます。
本書は、それから50年ほどしてから、著者がこのときの体験を回想しながら綴ったものです。

監訳者の上田さんはあとがきで、「残酷な模写は比較的少なく、収容所での生活も淡々と、そして誠実な文書で綴られている。」と述べています。類書を読んだことがないので、比べようはないのですが、確かに表現として読むに堪えないような場面は少なく、また時間が経っているからかもしれませんが、著者がナチスドイツに対して嫌悪感をむき出しにするようなこともありません。収容所にいるにもかかわらず、非ユダヤ人のポーランド人女性とのロマンスも描かれていて、何か不思議な印象を受けたことさえありました。

しかし、ユダヤ人ということだけで家族と引き離され、シラミだらけの劣悪な環境の収容所に押し込まれて過酷な労働を強制される。食事は一切れの硬いパン、黒ずんだコーヒー、ドロドロに煮たカブのスープといった吐き気を催すような粗悪なものしか与えられず、その結果、生きる希望を失い栄養失調と過労から死んでいく者が続出する。一方で、ささいなことでリンチ、絞首刑、銃殺が日常茶飯事のように行われ、身体生命が石ころのように扱われる。悲惨な状況とあまりの仕打ちには言葉もなく、胸が締め付けられてしまいます。同じ人間なのになぜここまで残酷になれるのか、普通の感覚では到底理解することはできません。

最近世界のあちこちで、排外主義的な考え方が人々から支持されるといったことが、見られるようになりました。また人種差別は一向になくならず、このままでは、本書で描かれているような悲劇が再び起きる可能性も決して否定はできません。

時間の経過は記憶を次第に風化させます。ホロコーストに限らず、事実をありのまま継承・共有し、悲劇を繰り返してなはならないという覚悟を持ち続けることが、多くの人に求められていると、今更ながら思いました。

読後感(考えさせらた)