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『日ソ戦争1945年8月 棄てられた兵士と居留民』を読みました

日ソ戦争 1945年8月――棄てられた兵士と居留民

2020年36冊目の読書レポートは『日ソ戦争1945年8月 棄てられた兵士と居留民』(著 富田武/みすず書房/装丁 安藤剛史/初版2020年7月17日)。書店で目にして手に取りました。

日本とソ連の戦争というと、映画の『戦争と人間 第3部』を思い出します。実際のソ連軍の戦車が登場する、ノモンハン事件の戦闘シーンは迫力がありました。

太平洋戦争末期、ソ連軍の満洲侵攻(日ソ戦争)が始まったのはノモンハン事件から6年後のことです。

本書は、成蹊大学名誉教授でロシア・ソ連政治史が専門の著者が、旧ソ連の公式文書や数多くの文献を読み込み、「日ソ戦争」の全体像を明らかにしたもの。

冒頭に用語解説や兵器の図解まであるのには驚きましたが、まず第一章「戦争前史」で、戦争に至るまでの外交交渉の様子やソ連の戦争準備と日本の対ソ戦略について解説。

次いで、本書の中心である第二章「日ソ八月戦争」で、ソ連軍と関東軍の戦闘記録とともに、日本人将兵の回想記を列記しながら、主要な戦闘の様相を詳述して検証。

そして第三章「戦後への重い遺産」で、戦争後の残留・留用、賠償、戦犯裁判の問題について言及しています。

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(武器の図解ページ)

これまで「シベリア抑留」に関する本は何冊か読みましたが、日本とソ連の「戦史」を読むのは初めて。

それだけに、周到な準備のもと強力な武器を携えたソ連軍と、根こそぎ動員で招集された経験不足の兵に旧式の兵器が主力の関東軍の攻防に引き込まれてしまいましたが、戦争の悲惨さは何も変わりません。

奮戦するものの、最後は白兵突撃や戦車への自爆攻撃に追い込まれる兵士の姿や、子どもを含む多くの民間人が行き場を失い、自決に追い込まれる様子に、胸が締め付けられました。

それにしても、関東軍の採った「持久戦」戦略は、結局のところ軍人や役人、満鉄など有力企業の家族のためのものでしかなく、「棄兵・棄民」の隠れ蓑だったという著者の指摘には、ただ嘆息するだけ。

戦場にとり残された開拓民のことを思うと、やりきれない思いが募ってきます。

日本が絶望的な和平交渉の仲介を働きかけているさなか、ソ連は戦争準備を着々と進め、ヤルタ密約の権益を確保するために参戦を急ぎました。

歴史に「もし」はありませんが、あと半月でも早くポツダム宣言を受け入れていれば、助かった命がたくさんあったはずだと、ついつい思ってしまいます。

ところで、この「日ソ戦争」での民間人の死者は24万5千人(うち開拓民は約8万人)にも登るそうです。

けれどその戦禍は、沖縄や広島・長崎のような“国民の記憶”になっているとは言いがたいでしょう。

日本本土ではなく、満洲や朝鮮での出来事というのが、扱いに差ができた理由なのかもしれません。

けれど事情はどうあれ、戦争の犠牲者であることに違いはないはず。二度と戦争を起こさないためにも、決して忘れ去ることはできません。