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『〈いのち〉とがん 患者となって考えたこと』を読みました

〈いのち〉とがん: 患者となって考えたこと (岩波新書 新赤版 1759)

2019年13冊目の読書レポートは、『〈いのち〉とがん 患者となって考えたこと』(著 坂井律子/岩波新書 初版2019年2月20日)。本書を取り上げた新聞記事が目にとまり買い求めました。

著者の坂井さんは、NHKで教育、福祉、医療をテーマとした番組制作に携わり、その後山口放送局長を経て、2016年4月、編成局総合テレビ編集長に着任。

ところがその一カ月後にすい臓がんが見つかり、2年半に渡る闘病の甲斐なく、昨年11月に亡くなられたそうです。

本書は、坂井さんが自分の命をみつめながら、職場復帰を最期まで諦めることなく、がんと向き合い、がんと闘った日々を書き残したもの。手術や化学療法(抗がん剤治療)の様子、その中で交錯する期待、不安、憤りといった感情、そして“いのち”への思いが、ありのまま綴られています。

単身赴任生活を終えて家族の待つ東京に戻り、「さあこれから」というときに、突然のガン宣告。「頭が真っ白にはならなかった」と坂井さんは言うものの、心中は察するに余りあります。

ところが坂井さんは、再発が判明したときはさすがに「心が折れた」と吐露していますが、本書を読む限り、がんになったことを嘆くこともなく、取り乱したりすることもありません。

10時間にも及ぶ手術、倦怠感・味覚障害・脱毛といった副作用の凄まじさ、腫瘍マーカーの数値に一喜一憂する姿、希望を打ち砕くPET検査の結果。読み続けるのが辛くなるほどですが、坂井さんは闘病生活を冷静に、客観的に記し、そしていのちについて深く考えを巡らせています。

それは、「患者の立場になって気づいたこと」そして「患者が本当に知りたいこと」を“言葉”で伝えなければならないという強い思いからでしょうが、坂井さんが自分を題材にして、一編のドキュメンタリー番組を制作しているようにも感じました。

坂井さんは、再再発がわかり、余命三カ月の宣告を受けてもなお治療を継続し、生きている時間を少しでも延ばそうとします。また、がんになったことを人事異動に例え、新しい出会いとこれまで出会った人たちの助力を心に刻む一方、よく言われる「死の受容」に疑問を示し、「死を受け入れてから死ぬのではなく、ただ死ぬまで生きればいい」と語っています。

もちろん、この異動(がん)は坂井さんが望んだものではありません。それでも坂井さんは前向きで、自分の心情(生き方)に率直です。自分が同じ状況になったとき、果たしてどのような心境になるのか想像もつきませんが、いのちの重さや生きることの意味を考えずにはいられませんでした。

日本人の2人に1人が、がんにかかる時代。とはいえ、多くの人にとっては不安が付きまとう未知の世界です。坂井さんが残した本書は、そんな世界を進むための一つの“道標”となるものだと思います。

坂井さんのご冥福を心からお祈りします。